成熟のための都市再生


まえがき

 「都市の市街地環境制御、それは建築基準法の役割である」と書くと、「えっ?」と思われる人が多いかも知れない。しかし、それは紛れもない事実である。市街地が安全で衛生的、そして人や物の動きが円滑で風景としても整っている、これが都市計画(最近では「まちづくり」)のベーシックな目標であり、この成否に建築基準法は大きくかかわっている。もとより、この目標の実現には道路、公園、上下水道などの都市基盤の適切な整備が不可欠であるが、その基盤の上に造られる市街地は建築物によって構成される。その建築物のあり方を規定しているのが建築基準法であり、とりわけ集団規定(同法第3章)は都市計画法と連動して適用されるもので、市街地環境制御の主役であるといってよい。

  集団規定が近代的な法体系の形をとって登場するのは、1919年(大正8年)の市街地建築物法からである。戦後(1950年)、建築基準法に移行しすでに半世紀が過ぎた。この間、用途地域の細分化、日影規制・地区計画・最低敷地面積規制の新設など、時代の要請に応えるための新たな制御ツールが追加されてきた。そうした法令改正による対応の一方で、制度施行の現場においては営々として解釈・運用による努力が積み重ねられている。法令の解釈・運用は安定していなければならない。しかし、現実はしばしば法令の予定していない形で立ち現れる。新しい形式や用途の建築物が登場すれば、適用条文のいくつかがそれまでの解釈では不都合・不合理となることがある。また、新しいタイプの市街地環境問題が発生した場合には、それまでとは異なった形での制御ツールの運用が必要になる。

  そうしたときには、法令の趣旨やその現代的意義に立ち返って、問題解決に向けて柔軟に判断することが求められるが、何処までの柔軟さが許されるか、あるいは適切かという点が難しい。本書のねらいは、そうした場面における現場の判断の手がかりとなる材料を提供したい、個別条文の解釈というレベルではなくその背後にある考え方のレベルで解釈・運用の方向を示してみたい、というところにある。ある意味でこれは大それた野心的な試みであり、あちこちに破綻があるかも知れない。関係方面からの忌憚のないご批判、ご叱正を期待する次第である。

  本書は、以上のような問題意識で、解釈・運用にかかわる基本的事項として八つのテーマを取り上げ、それぞれを一つの章にまとめたものとなっている。第1章から第4章までは、法律の条文の順にテーマを設定した。第1章では、法の目的(1条)に書かれている「最低の基準」という規定をめぐる建築基準法の性格について論じた。第2章では、用語の定義(2条)のうち集団規定が成立する前提ともいうべき「敷地」に関する論点を整理した。第3章では、単体規定との関連を論ずることにより集団規定の基本的性格をあぶり出すことを試みた。第4章では、接道義務規定(43条)に関連して実務上最も悩みの多い「2項道路」をめぐる諸問題を整理した。

  それ以降の章は、条文横断的に四つの切り口でテーマを取り上げた。第5章では、建築行政の悩みの典型的話題の一つである「既存不適格建築物」関連規定について、その考え方を論じた。第6章では、自治体が具体基準を決定できる多数の仕組みについて、その法的構成(決定手続の相違の意味、各仕組みの役割分担等)の整理を試みた。第7章は6章の続編として、各仕組みを用いて自治体がどこまで独自基準を決定できるかについて検討を加えた。そして第8章は最終章として、法解釈の基本問題ともいうべき「裁量」について建築確認制度との関連で考察した。

  読み返してみて、なお踏み込み不足を感じるところが少なくない。読者の皆さんのご批判を得て、次の機会にはより精度の高い内容でご覧いただければと願っている。

2005年6月
柳沢 厚