建築工事の祭式
地鎮祭から竣工式まで


推薦のことば


  建築工事の祭典と儀式について詳述した本書が,日本建築協会の企画のもと歴史ある建築技術選書の一冊として上梓されたことは,ご同慶の至りである.また様々な事例を整理し,用語を統一される作業はさぞかし大変なことであったと拝察し,関係各位の熱意とご尽力に敬意を表する次第である.
 さて,現在これ程までに科学技術が進歩しても,大地震や火事・洪水など,自然の猛威の前に我々は為(な)す術も無く,圧倒されてしまう.まして古代の人々は如何ほどの力を感じたであろうか.地の揺れや落雷,暴風雨といった自然現象を畏怖し,神々を感じ,ひたすら加護を求めた.そして,神々が領(うしは)く土地に手を加える際は,土地を領有するその神に許しを請うたのである.弥生時代の大規模集落と確認された大阪府の池上曽根遺跡では大型の高床式建物の棟持柱の柱穴から勾玉が出土したが,これは柱を立てるに際し,祈りをこめた印と考えられる.『日本書紀』の持統天皇5年(691)には,藤原京の造営に際して「新益京(しんやくのみやこ)を鎮め祭らしむ」とある.やがて仏教が広まれば法具を用いて土地を鎮めることもあった.10世紀に編纂された『延喜式』に,内裏落成の際などに殿舎の平安を祈って奉仕された「大殿祭(おおとのほがい)」の祝詞が記載されている.今日では城南宮などの社寺仏閣で新年に行われている釿(ちょうな)始(はじめ)式は,工事の最初に行われる重要な儀式であり,その「てをのはじめ」という語は,藤原道長の土御門殿の再建を記す,『栄華物語』の長和5年(1016)の段に見えている.こうして古代以来,建築工事の節目節目に無事を願って祈りを捧げてきたのである.そしてその祈りは,建物の担い手や規模に応じ,また地方地方の特色を守りながら様々な形で行われてきたのであり,現在では,それら建築の諸祭儀の多くを神道の祭式で奉仕している.
 私事になるが,建築の安全に霊験あらたかと崇められる城南宮においても,工事安全の祈祷に限らず,工事現場に出向いて数多くの祭典を奉仕させていただいている.神職は神々に奉仕し,神々と人々との間を取り持つことが務めである.参列者に成り代わって祝詞(のりと)を奉上している間,参列者の各々が工事の無事を真剣に祈られている気配を感じ,また,玉串を奉って拝礼する際に代表者と参列者の拍(かしわ)手(で)が見事に揃い,人々の心の一致が顕わになると,さぞかし神様もお喜びであろうと自ずから思われる.しかし,参列者も何かなおざりで残念に思うこともある.そして参列者の気構えを正すか否かは,祭場の設営や司会進行の手際に負うところが大きいことも確かである.
 神社での祭典でもそうであるが,祭典が滞り無く執り行われるか否かは,ひとえに準備にかかっている.関係者と神職の入念な打ち合わせ,隅々まで行き届いた設営,参列者への心配り,これらについて,長年にわたる経験に基づき蓄積されたノウハウを各社が持ちより,惜しげも無く披瀝され,整理編集されて本書が誕生したことは,洵にもって画期的と言えよう.建築の諸祭儀を執り行うにあたり,工事関係者が現場で直面する疑問に答え,問題を解決するための,経験者による,工事関係者のための書籍である.建築主も設計者も施工者も,祭式に対する理解が深まり,また準備等に要する労苦が軽減されるに違いない.
 多くの方々がこの本を手にされ,祭典の諸準備を遺漏無く整えられることを望んでやまない.そして,一層謹みの気持ちをもって祭典に臨まれ,神々の前に安全を誓い,その緊張感を忘れることなく工事に当たられることを切に願うものである.

平成13年11月12日
城南宮宮司 鳥羽重宏




著者インタビュー


出版で陣頭指揮に当たった仲本尚志氏

『日刊建設工業新聞』(日刊建設工業新聞社) 2002.1.25日刊より

  「建物をつくるのに大事なことは、建築主、設計者、施工者が三位一体となって、同じ気持ちでものづくりに取り組み、永遠の加護と工事の安全成就を祈願することです。それには祭式の意義を知って、共通の気持ちで結ばれないと成功しません」。わかっているようでいて、実のところよくわかっていないのが建築工事の祭式である。その知っておくべき常識を、ビジュアルな表現でまとめたのが『建築工事の祭式』である。日本建築協会出版委員会は類書が少ないということで出版準備にとりかかり、小委員会を設置して1年半かけてまとめた。中心となったのが仲本尚志小委員会委員長である。

まちまちな祭式を整理まとめる
 「建築の祭式には神式、仏式、キリスト教式など様々な形式がありますが、一般的に神式が多いことから、ここでは神式についてまとめました。神式が多くなったのは、明治政府の神仏分離策によるものだと思います。官庁で神式が多いのもそういうことからですが、それまでは自分のやりたい形式でやっていました。とはいえ、神社界では建築の祭式は雑祭として執り行われていますから、これといった統一したものがないのです」
 「そんなことから祭式のやり方も各建設会社、あるいは一つの建設会社内でも支社によって違うのです。祭式ですから、地方によって多少違うということの方が自然かも知れません」
 「そうはいっても各社とも昭和40年代までは継承されてきました。しかし時間がたち気がついてみると、そうしたノウハウをもっていた担当者も定年を迎え、現在は少なくなってきました。マニュアル化され残されたものはありますが、各社とも少しずつ違う。そこで今回は各社のものを持ちより、整理したのです」

三大祭式は地鎮祭・上棟式・竣工式、なかでも重要な地鎮祭
 「建築の祭式で三大祭式と呼ばれているのが、地鎮祭・上棟式・竣工式です。祭式の流れをわかりやすくいえば、神を迎えて酒肴(しゅこう)でもてなし、そこでお願いや行事を行い、お見送りをするということです。修祓(しゅばつ)からはじまって昇神の儀で終わる流れです」
 「この流れのなかで一番大事なのが、神々をお迎えする降神の儀と、神の力で敷地全域の禍神・悪霊・邪霊などを退散させ、また穢(けが)れを除く清祓(きよはらい)の儀、それにお迎えした神々を元の御座にお帰しする昇神の儀です」
 「三大祭式のうち地鎮祭はどこでもやりますが、あとの二つは省略されつつあります」
 「地鎮祭は〈とこしずめのまつり〉ともいって、工事着手前に執り行い、土地の神々の霊を鎮め、敷地の穢れを清め祓って、永遠の加護と安全成就を祈願するものです。土地を掘り起こし、安全を祈願するものですから安全祈願祭ともいわれています」

マニュアル付きの実務書
 構成は、「祭式の基礎知識」で全体の流れをつかみ、三大祭式の「地鎮祭」「上棟式」「竣工式」について詳細を述べ、「その他の祭式」では、火入れ式、点灯式、古井戸埋鎮式、除幕式に触れている。さらに「実務マニュアル」がついている。祭式計画、祭式計画書(フォーマット)、そのチェックリスト、式次第と司会である。そして最後に「祭式用語」があるから、わからない用語を知ることができる。

英文版の解説も
 「この本の特徴は、ビジュアルな表現でわかりやすくしたことです。祭式の流れを多くの写真で説明しています。写真は今回の出版にあわせ、実際のプロジェクトに即して最新の事例として撮り直したものです」
 「そして知っておくべき祭式の常識を簡潔にまとめ、あわせて知っておくと役立つ事項も入れました。例えば〈暦の吉凶〉〈祝詞〉〈玉串奉奠〉(たまぐしほうてん)〈手締め〉などといったことです」
 「さらに英文版の解説をつけました。しかし英語でセレモニーの式次第を説明したマニュアルではありません。グローバル化で海外から建築主や設計者が日本にやってくる機会が多くなっています。儀式の意味を事前に知ってもらうためのものです」

祭式は日本の文化、継承するのが義務
 「建築の祭式は、なんといっても建築主、設計者、施工者が一心同体となり、さまざまな困難を乗りこえなければならない関係者の協業の象徴なのです
 建築主は設計者や施工者が段取りをしてしまうため、祭式を執り行う意味がわからないままやるのではなく、また建設会社の若い人たちは祭式のほんとうの意味をわからずマニュアル通りやるのではなく、いまなぜこんな手順でやっているのかを知ってほしいのです」
 「そして参列する人たちもただ参列するだけではなく、それぞれの手順がなにを意味しているのかを知ってほしいのです。それらを理解することが、一つのプロジェクトをまとめあげていくことの大事なチームワークづくりとなるのです」
 「これからの時代は、三大祭式をすべて行うことはせず、神職を呼ばずに披露パーティーのような形で引き継がれていくかも知れませんが、精神は残っていくと思います。祭式は日本の文化や文明でもあるのですから、引き継いでいく義務があるのです」
 「まとめるうちに民俗学的な面白さも加わって、ますますのめり込みました。その成果を、読者の視点で盛り込めたと思っています」