大都市自治を問う
大阪・橋下市政の検証

はじめに

 今、日本各地の都市は、長引く経済的停滞と、過剰な選択と集中の果てに年々進行していく東京一極集中の流れの中で、衰弱の度を深めている。
 こうした流れの中、藁をもすがる思いで多くの大都市自治体が「改革」をさまざまに進め、現状打破を図らんとしている。その急先鋒が橋下徹氏率いる「維新」(大阪維新の会、維新の党、日本維新の会、等の政治団体、以下、『橋下維新』と略称)が地方自治行政を取り仕切る「大阪」であった。
 この大都市大阪における橋下維新が進める「改革」が功を奏するなら、全国で疲弊する大都市には「橋下維新と同様の改革を進めれば、都市は再生できる」という光明が与えられることとなる。だから、全国各都市は「お手並み拝見」とばかりに、橋下維新の改革の動向を見守ってきた。
 しかし ── 彼らが進める改革によって大阪は改善するどころか、財政は悪化し、景気の低迷も他都市よりもその激しさの度を年々深めていったのが実情であった。それぞれの現場に目を向ければ、悲鳴にも似た悲壮な声が満ち満ちている様子が明らかとなっていった。
 そして、彼らが大阪再生に向けて起死回生の大改革として一貫して主張し続けた「大阪都構想」に関しても、その設計図を「学術的」に精査すれば、その危惧は深まっていく。大阪を豊かにするどころか、さらに疲弊させ、二度と蘇ることが不可能となる構想であることが明らかにされていったのだ。
 もしも、こうした大阪についての現状認識が正しいなら、「疲弊した都市を蘇らせるためには改革を」という、多くの大都市自治関係者が漠然と共有している素朴な認識が、完全な事実誤認であるということになる。もしそうであるのなら、今、疲弊している全国の都市の再生を図るには、「改革」の思想とは異なる全く別の思想が必要だということになってくる。
 かくして、今、大阪で進められている橋下維新の「大阪都構想」を軸とした改革路線の検証は、日本全国の大都市自治の未来を占う上で、重大な意味を持つものなのである。本書はまさにこうした認識の下、「今後の大都市自治のあるべき方向」を考えるために、研究者はもとより、広く一般公衆や政治家、マスコミの方々を読者として想定している。大阪の橋下市政をさまざまな角度から検証し、その実態を記録にとどめ、全国の大都市自治のあり方を根底から問い直さんとするものである。
 本書が大阪はもちろん全国各地の大都市住民による、希望ある明るい大都市自治の展開にあたって参考となることを祈念したい。
 ところで本書は、筆者と村上弘立命館大学教授、森裕之立命館大学教授の3名での共同編集である。我々3名がこうした共同研究を始めたきっかけは、いわゆる「大阪都構想」の住民投票(投票日2015年5月17日)が、2014年12月に(公明党の方針転換を受けて)政治的に決定されたことであった。専門を異にする我々3名のそれぞれが、学者として「大阪都構想」が大都市大阪に巨大被害を与えることを危惧していたことから、その事実を公衆に広く伝えんとする研究ならびに言論活動を共同で進めることとなった。2015年5月5日には、「大阪都構想」に危機感を覚える学者108名から供出された「大阪都構想」の危険性についての所見を公衆に広く周知すべく「『大阪都構想』の危険性を明らかにする学者記者会見―インフォームド・コンセントに基づく理性的な住民判断の支援に向けて―」と題した記者会見を共同で行った。その後、住民投票で「都構想」が否決された事を受け、「豊かな大阪を考える」と題したシンポジウムを6月、7月、9月に共同開催した。こうした共同研究の過程で、本書の構想が浮かんできた次第である。
 本書は、政治学、行政学、財政学、社会学、政治哲学、社会哲学、都市計画学、防災学、教育学、地域経営論、中小企業論、公共政策論といった多種多様な学術領域の研究者等によるそれぞれの立場からの論考から構成される。したがって、学術領域によって同一概念を示唆していても、使っている用語が異なるケースもある点には留意願いたい。ただし、そのあたりの子細の確認をされたい場合は、それぞれの参考文献を確認願いたい。
 いずれにせよ、本書が、虚構にまみれ閉塞した大都市自治をめぐる言論空間を打破し、それを通して大阪を含めた日本の大都市自治の適正化を導き、広く公益に資するものとなることを、心から祈念したい。
2015年9月6日 大阪ヒルトンホテルのロビーにて
京都大学大学院教授 藤井聡