大都市自治を問う
大阪・橋下市政の検証

おわりに

 世界でも有数の「メガシティ」である大阪は、経済機能とともに、国際空港、超高層ビル街、庶民的な繁華街、大型の文化施設、堂々たる城跡公園、そして中之島等明治以来のモダン都市の景観を備える、魅力的な街です。
 ところが、大阪の状況と自己認識はやや不安定で、「商都」としての歴史もあり、東京に対抗する意識が強いのは良いのですが、現代の東京には構造的に追いつけない。産業構造の転換による地位低下や、いったん巨大化したゆえの社会問題も多い。そこで「大阪都」に制度変更しようという構想がかなりの有権者を引き付けましたが、それで大阪市を廃止すると、かえって大阪の自治や政策力を弱めてしまう面もあることは本書で解説したとおりです。
 大阪の発展は、自治体、企業、市民による具体的な各種政策の推進によって、はじめて現実化するものです。それを進める、または妨げる大阪の政治は、知事・市長、議会、住民の意識(反知性主義や同調性を含む)を含めて、進んでいきます。そうした大都市の政策と政治は、時間軸に沿って、あるいは内外の他の大都市との比較においても研究する意味があるでしょう。
 この本では特に、大阪の実情と政策課題を考え、そして橋下市政(2011年から)が「進めた政策は成果を生んだか、不正解か」「大阪の課題に対して有効な政策を打ったか」「政治的にはどのような戦術や構造が見られるのか」等を中心に、詳しく記録し検討することに努めました。
 
 維新の会を率いる橋下大阪市長の、簡単明瞭なアピールを、反対意見を制しつつ人々に訴える独特の政治スタイルは、「改革のリーダーシップ」「突破力」だと称賛されたり、あるいはファシズムをもじった「ハシズム」と批判され、「劇場政治」と揶揄されたりしてきました。この手法は実は、海外の少なからぬ国でも起こっている政治現象で、ポピュリズム(大衆扇動・迎合政治)とも呼ばれ研究されています。
 市民と大阪にとって気になるのは、そうした政治スタイルが、現代民主主義の必要条件とされる「多元主義」(少数意見の尊重等)、「説明責任」、「熟議」、「法治主義」(憲法・法律の遵守)等を守っているか、そして合理的で良い効果をもたらす意思決定になっているかです。
 例えば、大阪都構想をめぐって、橋下氏と維新が、「大阪市の廃止」「大阪市の役割」等の説明責任をあまり果たさず、また構想のメリットしか訴えなかったのに対して、反対派は「大阪市廃止分割構想」という名称を編み出し、メリットが本当か、デメリットはないかを検証して、議論や合理的検討を可能にしました。それは一部の政治家やコメンテーターが言うような既得権益の擁護等ではなく、「思考停止の民主主義」を克服しようとする営みだというのが、反対派の見解だったのです。
 この本では、その他のさまざまな政策に関する豊富なケーススタディをもとに、大都市の地方自治と市民のあり方について、また橋下市長に象徴されるような日本の地方自治のパターンについて、考えることができるでしょう(もちろん政治家・橋下氏への正確な評価にも、役立ちます)。
 
 私の恩師が、「事実を明らかにすること自体が、現実への批判になることもある」という意味のことをおっしゃったことがあります(政治批判を研究の自己目的にしてはいけない、というアドバイスも含めてですが)。
 事実を客観的に観察・記録し、その因果関係や構造を探る「実証的」研究は、自然科学だけではなく、社会科学でもたいせつです。また20世紀以降の政治が、情報操作やプロパガンダ、ポピュリズム型扇動の技術を開発してきたなかでは、批判的な観点に立って初めて見えてくる事実も、少なくありません。もちろん現実の社会や政治に有用な情報発信をするよりも、研究の「完成度」を上げるべきだと考える学者もいます。逆に現実への批判(または肯定)的な意識が強すぎると、観察・認識が偏ることがありますが、注意して仕事をすれば実証的な研究は可能で、かえって研究のポイントが定まりやすいものです。
 巨大都市にはさまざまな側面があり、その全容は、さまざまな情報、調査、理論を組み合わせた、学際的な総合研究によって初めて解明できます。なお、橋下氏の政治等を批判すると、政治家、研究者、マスコミ記者、諸団体等は、激しい個人攻撃(ウェブ上での罵倒、所属機関への抗議書・抗議メール・電話等)を受けるという異例の状況が続いてきました。そうしたなかで、この本を共同企画した藤井先生、森先生、そして多忙ななか調査し、論究し、原稿を提出してくださった多くの執筆者の方々に、心より感謝いたします。
 この本の各章では、執筆者によって論調は違いますが、学問的な考察を進めつつ、広く市民、政治家、マスコミ記者の方々に読んでいただけるような分かりやすい書き方を心がけました。もちろん各章では、根拠となる客観的な事実、データ、参考文献を示しています。読者の方々は、それをも手掛かりに、考察や研究を進めることもできます。
 この本が、大阪および日本の大都市の現状と将来について、いっそう思考と議論が進展するきっかけ、参考となれば、執筆者および編集者として、まことにありがたいことです。
 最後になりましたが、現実世界に鋭く迫ろうとする学術書を引き受けてくださった学芸出版社、および複雑でかつ遅れてはいけない製作の実務を進めてくださった同社の井口夏実様に、深くお礼申し上げます。
─ Vera Lynn の唄“We’ll Meet Again”を聞きながら
編者の1人として 村上弘