◇デザインの力
本書は、2004年に制定され、2005年6月から全面施行された景観法を契機に、都市、地域の環境・生活空間の計画とデザインに携わる専門家が参集し、日頃実践しているデザインと景観との関係について真摯な討論を行った成果の集大成である。ここには、景観議論における「計画およびデザイン職能の役割と責任」についてのさまざまなメッセージが盛り込まれている。
本書の狙いを詳しく述べる前にまず、とくに「デザイン」のもつ機能とは何かについて言及しておきたい。景観法がその一部をなすまちづくりのための社会制度・法律制度群は、一つ一つを取り出せば本来的に一面的なものでしかない。それを司る行政機構も縦割り構造を基本としているため、相互連携や整合性を欠いた諸制度の並立状態が生み出されやすい。例えば、景観法はスカイラインの収斂を求めているのに、都市再生特別措置法はその発散を奨励するという二律背反状況が起こりかねない。この個別制度群のしばしば相反する要請内容を単純にオーバーレイすることによって問題解決を図ろうとすると「合成の誤謬」が生じる可能性が高い。この「合成の誤謬状態」を回避する能力は、デザイン行為こそが備えているべきものである。それは、さまざまな観点からの問題意識を総合化・統合化しながら、特定の場における最適な土地利用のあり方、空間形態のあり方(デザイン解)を導き出す機構であって、「単純な合成」ではなく、「高度な統合機能」である。デザイン行為には、まちづくりの諸課題と同時に景観問題をも最適に解決する能力が備わっている。都市環境・生活環境のデザインに携わる専門家(デザイン実務家)は、このデザインのもつ総合力・統合機能と、それを司る存在としての自らの役割の重要性を再認識すべきである。
景観法による景観計画の内容は、建物の高さや壁面の位置、外壁の色調などの単純かつ概形的な要件のみにならざるを得ないと考えられるから、実際に良好な景観の創出に到達する作業は、個別のデザインが受け持つほかない。デザイン実務家には、デザインが良好な景観創出に確実に貢献するものとなることを保障する『デザイン手法あるいは技能』を自らの責任において確立する責務がある。
◇デザイン実務家の力
「都市環境・生活空間(BUILT ENVIRONMENT)デザイン」の領域は、建築デザイン、都市(アーバン)デザイン、ランドスケープデザイン、土木工作物デザインなど広い範囲に及んでいる。このため本書の編纂に当たっては、日本建築家協会、日本都市計画家協会、ランドスケープコンサルタンツ協会、都市環境デザイン会議などに所属する、建築、都市、造園、土木等々にわたる広範な都市環境・生活空間の計画およびデザインを職能とし、日々その実務に携わる者の横断的な協働が行われた。本書刊行の最大の目的は、この「良好な景観の創出に貢献するデザイン手法あるいは技能」、代表者である土田旭の言葉を借りれば「作法」確立への長い道のりの第一歩を踏み出すことにある。
前述したように、「景観法」という制度は一面的なものであり、かつその規定内容は概形的なものでしかない。その一面性を止揚し、その規定内容を補完することができるのは、デザイン行為だけであり、それができるのはデザイン実務家を置いて他にない。
デザインに携わる実務家によって問題指摘と解決の方向を示したという点こそが本書最大の特質であり、アドバンテージであると自負している。
◇変容志向の都市計画・建築規制制度から景観法へ
明治維新以降、わが国の都市計画・建築規制制度の基本使命は、江戸後期から明治初年に完成された日本型近世の街並みを欧米型近代の街並みへと、いかに円滑に変容させるかに置かれてきた。併せて、モータリゼーションに対応していない道路体系については、徹底的な改造が行われることとなった。
この街並みの変容過程は、都市単位で一挙に行うことは不可能であり、個別敷地・個別建物ごと、道路であれば個別路線の個別区間ごとに行われる建設行為を積み重ねることによって実現するというプロセスにならざるを得ない。具体的に言えば、既にある安定した街並みの一部が除却され、代わってその場に近代的な建物と広幅員道路が出現するというプロセスである。この変容プロセスを、紛争なく機械的に処理する仕組みこそが、個別敷地あるいは個別区間ごとに建設計画を処理する「分断志向型」の都市計画・建築規制制度なのである。この結果、20世紀の100年間、日本という国に住み暮らす人々は日々、安定した街並みの喪失とスカイラインの混乱に晒され続けてきた。これでは「街並みの連続」「街並みの調和」「街並みの安定」は望むべくもない。
この変容志向の都市計画・建築規制制度とは遊離して、21世紀の初頭に登場したのが「景観法」である。そこでは街並みの変容ではなく安定が、建物形態や街並みスカイラインの発散ではなく収斂が目指されている。この一点にこそ2004年景観法最大の意義がある。であるからと言って、都市計画・建築規制制度の変容志向という基本的性格自体が変更されたわけではない。変容志向は依然としてその基本理念の座を占めている。だからこそ都市再生特別措置法が生まれ、建築基準法の性能規定化と天空率制度の導入などの、街並みスカイラインのさらなる発散を志向し、許容する制度整備が並行して行われるのである。街並みの将来像に関して、国のビジョンはこのように統合失調に陥っている。景観法が制定されたからといって、より良い景観デザインが、より高度利用を図るデザインに常に勝利できるようになったわけではないし、デザイン実務家の置かれた板挟み状態が解消されたわけでもない。
◇デザイン実務家の覚悟
時代精神は確実に変わっている。景観法が制定され、高度地区制度による絶対高さ制限の動きが燎原の火のように広がりを見せている。しかし、一方では従来型のまちづくり手法が、その進化の最終局面にあって、生き残りをかけ、かつてないほどの規模と高さのまちづくりプロジェクトを展開している。私たち都市環境・生活空間に携わる実務家は、従来以上の利害対立の渦中に置かれる危険に晒されている。「どっちもあり」の状況下、クライアントからは可能な限りの高度利用を要請され、近隣住民からは周辺市街地との調和に配慮したデザインを求められる。その時に、一身を処しながら、経済的利益を追求しつつ社会的要請にも応えるという困難な責務を実行可能なものにするためには、先にも述べたように的確かつ適切な「デザイン手法あるいは技能」「デザイン作法」の確立が必要になる。本書の試みが、そのための第一歩になることを期待するとともに、私たち計画やデザイン実務に携わる立場からの努力が、最終的には混迷する都市計画・建築規制・まちづくり制度の抜本改正につながり、より良い景観、より良い環境を生み出すプロジェクトが、より高度な土地利用を実現するプロジェクトと、経済利益的にも伍して戦える状況が実現する日が来ることを信じる。
2006年1月 青木 仁
|