建築と不動産のあいだ
そこにある価値を見つける不動産思考術



大比較検討時代の幕開け〜仕組みが変わった建築設計市場〜

 「建築と不動産のあいだ」とは何でしょうか。

 私が不動産コンサルタントの立場から、建築家や不動産会社、そして建て主のみなさんに紹介するこの考え方は、建築設計や不動産取引の実務で使う専門技術や知識のような、難しいものではありません。

 そもそも本書は、不動産の専門的な知識を提供することを目的にしたものでもありません。

 不動産取引やお金にまつわる、基本的で簡単なことをお伝えするだけです。簡単なことなのに、本書はみなさんにとって新しく、きっと役に立ち、価値あるものになるでしょう。それは今まで見知った物事を「角度を変えて見ている」からだと思います。

 ありきたりな既製品ではなく、自分たちだけにデザインされた建物をつくりたいと思う建て主は増えています。しかし彼らがそれを始めるために、建築デザイン業界の専門書を開いても、残念ながらあまり役に立たないかも知れません。

 また美しい建築物や、ユニークな空間が詰まった作品集は、書店にたくさん並んでいますが、建て主が設計を依頼するプロセスの変化、不動産流通の改善すべき課題、家づくりとファイナンスの関係、税制を踏まえた方法論や注意点といった、現実の諸問題に根ざした、新しい建築デザインの具体的な可能性については、まだほとんど触れられていません。

 その一方で、建築家や、デザイン意識の高い建て主からの、これらについての問い合わせは、年々増えています。またビルオーナーや、社屋を建てようと考えている企業にとっても、こういった建築の周辺の世界とデザインをつなげる必要性が、高まっていると思います。

 それらの理由は、これからの建築デザイン業界の変化の向かう先にあります。住宅業界や建築デザインを取り巻く社会背景、ビジネス環境は、2000年辺りを契機として大きく変化しました。しかし、その変化は、専門家でも、業界内部から眺めているだけでは見えにくいようです。当然、建て主がその変化を知ろうと思っても、ポイントがどこにあるのかなかなか分かりません。

 なぜなら建築デザイン業界の変化は、業界の外部で起きているからです。

 詳しくは本文でご紹介しますが、既に建物づくりは「大比較検討時代」に突入しています。

 建築業界はもともと、工務店、ハウスメーカー、建築設計事務所と区別がはっきりした縦割り業界だったのですが、各社が建て主により良いサービスで貢献しようと、横断的に努力したために、それぞれが混ざり合うような新しい会社が現れます。しかも建て主から見た時、それらの違いがあいまいになり、どんどん分かりにくくなっていきます。

 これは建築家の立場から表現すると、建築家のライバルは建築家だけではなくなる、そんな時代です。

 そして忘れてはいけない、もう一つ大きな縦割り分野が、建築デザイン業界の周辺にあります。これが「不動産業界」です。建築デザイン業界から見ると、不動産業界は近くて遠い存在です。建築デザイン業界と不動産業界の「あいだ」には、高い壁、または深い溝があるように思えます。

 ではいったい、なぜそうした壁や溝があるのでしょうか。

 そして本書で解き明かされるそれらの「建築と不動産のあいだの世界」に、建て主の重要な利益が隠れているとしたら。またそのあいだに到達できる可能性が高いのが、建築家の職能だとしたら。そしてそこに新しいデザインの可能性があるとしたら。

 私がその壁や溝、そしてそれを埋めることによって生まれる可能性に気づいたのは、私自身が建築デザイン業界と不動産業界、両方の仕事を経験したからこそなのです。

 私が代表を務める創造系不動産は、「建築と不動産のあいだを追究する」という経営理念、ブランドコンセプトを持つ不動産デザインコンサルティング会社です。創造系不動産の特徴は、全てのプロジェクトで、建築家やデザイナーとコラボレーション(協働)する所にあります。私自身、かつて建築家を志していましたが、現在は建て主と建築家をサポートする不動産コンサルティング、不動産仲介を中心にした仕事をしています。

 この数年で、「建築と不動産のあいだの世界」と「そこでの建て主の利益」、そして「新しいデザインの可能性」を間近でたくさん目撃してきました。

 これらを知ることで、みなさんも大比較検討時代を、きっと良い時代にできると思います。また建築家のみなさんには、本書が、建築家という役割を次世代型に捉え直し、バージョンアップし、独自の新しい仕事のスタイルをつくっていただくための参考資料になれば幸いです。

 既に2008年から日本の人口の減少は始まっており、2050年には日本の人口が1億人を割り込むという推計が、急速に知られるようになりました。必然的に建築設計の国内需要は減少します。

 そんな中でも、一級建築士・二級建築士・木造建築士は、年々増加しています。実は建築デザイン業界は、士業の中でもダントツに資格保持者が多い業界です。とうぜん需給バランスは変わります。

 しかしいつの時代でも価値ある存在は、少しずつ変化する建て主や社会のニーズを捉え、応えることができる人だと思います。そんな時代に、建築と不動産のあいだの溝にはまり込んだ新しい可能性を発見することから、独自の表現を追求していただくことを期待しています。

 1章は、これからの社会や市場の変化についての基礎的な背景が概説されています。また「建築と不動産のあいだ」という独特な世界観がここで詳しく述べられていますので、ウォーミングアップにぜひ押さえて欲しいと思います。

 2章の「クリエイティブな不動産思考の方法」では、それを踏まえた建物づくりの流れが説明されています。具体的な建築家と不動産のタッグによる「建築不動産フロー【VFRDCM】」をベースにして、建築設計の前に行うことや、後に行うこと、また不動産やお金についての最低限知っておきたい知識が、分かりやすく書かれています。

 3章の「建築的不動産思考の実践」では、実践例として、創造系不動産がお手伝いした建て主と建築家の六つのケーススタディが、細かくその背景から紹介されています。建築家が取り組む住宅やビルづくりについて、また建築と不動産のあいだにある建て主の利益について、ユニークな角度から解説されています。このような事例紹介自体、とても珍しいと思いますので、参考にしていただければと思います。

 繰り返しになりますが、本書は単に不動産業務や不動産知識の解説を目的とはしていません。

 大切なことは、「建築と不動産とそのあいだの世界」を感覚的に捉えていただくことで、そのために特殊な技術や難解な理論は必要ありません。

 しかしその簡単なことが、今まで見過ごされがちだったのは、なぜか? その理由について思い巡らせながら読んでいただくことが、実はみなさんにとっては重要なことかも知れません。

 1章、2章、3章のどこから読んでも、それを考えることができるようになっていると思います。

 そこにある価値を見つける不動産思考術を知ったみなさんにとって、自分たちだけの素晴らしい建築や空間デザインを生み出す一助になれば幸いです。

創造系不動産代表 高橋寿太郎