職住共存の都心再生
創造的規制・誘導を目指す京都の試み


はじめに



 京都市内には現在約二万七〇〇〇軒の京町家があり、特に職住共存地区と呼ばれる都心部に多く残っている。その多くは主に住宅専用もしくは住宅・事業両用に利用されている。京町家はこれまで都市住民の暮らしを支え、京都文化を蓄積してきた。京町家が集積する職住共存地区では、市民は歴史や文化を日常生活の中で実感しながら、まちづくりの担い手としての誇りを持ち、まちへの価値観を共有している。この地区では、今なお伝統的な地域コミュニティが活き、周辺環境と一体となって京都らしい雰囲気が醸成され、歴史的町並みが形成されている。今、京町家ブームと言われるほど京都らしい資源への投資が盛り上がる一方、急激に進むマンション開発がこの職住共存地区の存立基盤を脅かしている。
 京町家が集積した職住共存地区には住環境として優れたアメニティがあり、さらにその歴史と伝統のある町並みは「歩いて楽しいまち」であり、京都のアイデンティティの一つである。これらの優れた住環境と伝統文化を地区住民だけでなく、京都市民や観光客が楽しんでいる。すなわち職住共存地区はあくまで私的空間ではあるが、公共的空間のような機能を果たしている。しかしマンション開発はこれらの公共的な資産を食いつぶしつつある。いわゆる「コモンズの悲劇」では、村の共有地の牧草がタダであれば、牛飼いは先を争って放牧し、いずれ牧草地は荒れ地になってしまう。アメニティやアイデンティティが牧草のようにタダでマンションに食われているわけではないが、この市場経済の中で正当な評価を受けていないのは明らかである。今、京町家集積という共有資産が消滅する臨界点に近づいていると危惧するのは大げさではないだろう。
 市場が評価に失敗しているのであれば、政府が介入する必要がある。わが国の大都市の多くは、規制を緩和し、土地建物市場を活性化して都市再生を図ろうとしている。そうした社会的潮流の中で、高層マンションに対して環境への配慮を促すために高度地区を変更し、通りに賑わいをもたらすために特別用途地区を指定し、さらに町並み景観を良くするために美観地区に指定するなど、あえて開発行為に対する規制を強化し、牧草地の管理政策へ転換することが、京都の再生につながるかどうかについては危惧がないわけではない。一般論として考えれば、マンションの立地は都心部の人口定着を促進しており、今後の少子高齢化社会にとって貴重な動向であり、さらに郊外部へ市街地が発展することに比べれば、都心部の世帯増加は地球環境負荷の少ないコンパクトな都市形成にも効果的である。しかし、京都の再生とは、高層ビルの林立した、ありふれた近代都市に生まれ変わることではないだろう。京都には、このアメニティとアイデンティティを守り、育てる責任があると考えるべきであるし、それによって、他都市とは別の歴史的資産を活かした都市再生への道が拓けるはずである。
 本書は、京都市が設置した「まちなみ保全・再生に係る審議会」に参加した都市計画を専門とするメンバーが、京都には「もう一つの都市再生への道」が必要であることを明らかにし、さらに現実の行政施策の具体化への緊急提言に至るまでの議論をまとめたものである。個性あるまちづくりが求められている今、京都の決断が全国の都市計画、まちづくり関係者の参考になれば幸いである。
青山吉隆










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