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ポスト・モータリゼーション


まえがき

  20世紀は「自動車の世紀」であった。1960年代より日本でも本格的となったモータリゼーションは、「マイカー・ブーム」を呼び起こし、「クルマ社会」を形成するにいたった。今や生活の隅々にまで浸透した自動車は、その存在すら意識されない、生活の影のようなものとなった感がある。都市交通に職業的に関わるものを別にすれば、モータリゼーションが我々の生活をどう変えてきたかに人々が思慮をめぐらすことは、恐らくはごく稀であろう。しかし、戦後のモータリゼーションの勢いは目覚しく、それがもたらした変化は疑いなく大きなものである。1955年から1995年の40年間で、日本の人口が約1.4倍、GNPが約9.8倍に増加したのに対し、免許保有者数は18.1倍、自動車走行距離は49.3倍、そして自動車保有台数は70倍と、飛躍的に増加している。1955年には輸送人・キロの90.0%を担っていた鉄道のシェアは、1995年には34%に低下、逆に1955年には僅か0.6%であった自動車のシェアが、40年後には51.7%へと拡大した。

  モータリゼーションは単に交通手段の変化を意味したのみではない。それは新たなライフスタイルを生み出し、生産―流通―消費―廃棄のサイクルの全てを変貌させ、かつてなかった立地パターンと都市構造を創り出した。ここで留意すべきなのは、自動車は高密度輸送に適さず、単位輸送容量当たりに多大な面積の土地を必要とするという点である。すなわち、自動車と高密度な都市とは、そもそも合いそぐわない二つの概念なのである。結果として、自動車の普及に伴い、低密度な土地利用が促進され、郊外化(suburbanization)が進展した。戦後の都市化の過程で、住居が郊外へと移り出、商業施設がこれに続くなか、求心的な交通パターンが拡散、公共交通は弱体化し、古典的な都心の比重は低下した。モータリゼーションが進行するなか、中小都市圏では旧市街地が凋落し、公共交通は自動車に駆逐された感がある。

  モータリゼーションに伴うこれら様々な変化は、我々にいったい何をもたらしたのだろうか?
  1994年に逝去した神吉拓郎は、モータリゼーションの波のなか、多くの都市圏で葬り去られた路面電車について、こう語っている。
「便利なことは結構だけれど、地下鉄の欠点は、決して楽しい乗物でないというところにある。本来、我慢の乗物である上に、距離が伸び、路線が複雑になるにつれて、我慢しなければならない時間も、どんどん伸びているわけである。
 乗る楽しさといえば、昔の市電にまさるものはなかったような気がする。都電ではない。市電である。
 あの閑雅で楽しい乗物を、車攻勢をはね返して維持し、守り切ることが出来なかったのは、ぼくのような旧東京市民の目からすれば、文化の敗退のように思える。」(注)
  戦後半世紀以上にわたり、産業基盤としての自動車交通施設が整備され、通過交通量の最大化を旨として道路施設が運営されてきた。これが日本の経済的発展に寄与したことは疑いないが、結果として生じた自動車交通の増大は、環境汚染、交通事故、歩行環境の劣化等の問題を生み、必ずしも生活の質の向上は得られなかったという認識が台頭した。のみならず、このモータリゼーションの過程で、我々の生活は歴史から分断され、「文化」が敗退したとは言えないか? 21世紀の道路と自動車のあり方を、より広い視点から問い返し、再定義することが、豊かな生活に導く都市交通を築き上げるために、不可欠ではないだろうか?

  本書が意図するのは、モータリゼーションの意味とそれがもたらした諸問題を、可能な限り的確に捉え、21世紀の都市交通への展望を切り開くことである。この目的に向けて、第I部では、まず、第1章でモータリゼーションの歴史を概観し、自動車交通の問題点と都市交通が志向すべき方向を論じる。これに続き、モータリゼーションが意味したものをより具体的に、交通行動と都市構造、流通、商業、観光という角度から概観、整理し、第2章から5章の四つの章に収めた。これらの章は、モータリゼーションが戦後の日本の都市にもたらした変化を、広い視野から、かつ根源的に認識することを図っている。続く第II部では、第6章から8章で、21世紀にも喫緊の課題であり続けるであろう、環境、高齢・少子化、情報化の視点から、モータリゼーションを捉え直している。これらに続く第9章では、これらの議論を踏まえ、21世紀に向けての展望を組み立てている。

  これらの議論を通じて浮かび上がるのが、戦後日本の都市交通政策は、都市と自動車という、二つの相容れない概念の間に妥協点を見出そうとする、成功することのなかった営みであったという結論である。この背後にあるのが、都市圏を空間的に差異化することなく、あまねく自動車によるアクセスを高めようとした、都市交通計画史における戦略的誤謬である。また、工学的、財政的に有効な諸施策が、これまでに実行されなかったという経緯の背後には、第1章で述べるように、都市における自動車利用が社会的ジレンマを形成するという事実が存在する。さらに、戦後の急速な商業化とモータリゼーションによって、都市住民が共有してきた公共領域が変貌、消滅したため、物質的豊饒にもかかわらず、生活の質は逆に低下したとさえいえよう。20世紀の都市交通と生活を規定してきたこれらの制約と誤謬から、未来の都市とその住民を解き放たなければならない。この究極的な目標に向けて、本書は、ポスト・モータリゼーション期の都市と都市交通の青写真を描くことを試みている。

  注   注 神吉拓郎「地下鉄半蔵門線」神吉拓郎『或る日のエノケン』収録、新しい芸能研究室、pp. 66〜69、1994年