都市交通のユニバーサルデザイン
移動しやすいまちづくり


まえがき


 米国から輸入されたユニバーサルデザインはアクセシブルデザイン(バリアフリーデザイン)がなければ存在しなかったかもしれない。アクセシブルデザインとは、障害を持つ人が使えなかった建築物や駅舎を使えるようにしようという考え方だ。その法的根拠は、米国では1968年の建築障壁撤廃法(Architectural Barriers Act)までさかのぼる。そして交通については、1973年のリハビリテーション法504項に示された「連邦政府が補助する交通事業は障害者を差別してはならない」という条項である。都市交通や建築物を障害者が利用できないということは、米国では差別として認識されてきた歴史がある。どの分野でもそうであるが、いったん法律で決められると、法律さえ守れば良いという考えに陥りやすい。その典型は車いす使用者が利用できるエレベーターやスロープさえ造れば、その建築物はアクセシブル(障害者を配慮した)と思われるようになったことである。その結果米国では、「アクセシブル(バリアフリー)イコール車いす使用者対策だけ」と思われてきた。
 わが国でも、障害者用エレベーターと称して車いす使用者しか乗せなかった鉄道事業者があったり、国際シンボルマークのある障害者用駐車場であるにもかかわらず杖を使用する歩行困難な人にはそこを使わせないデパートがあったりした。これらは、バリアフリーを車いす使用者だけと勘違いした結果である。また、建物の外側には、お金をかけて作ったにもかかわらず見栄えのしない不自然なスロープの整備や、視覚障害者にほとんど使われない触知図による駅の案内なども各地でみられるようになった。このような、車いす使用者だけの限定した対策や、いかにも障害者対策をしましたというようなデザインなど、障害者だけの特別なものという状況を払拭しようとしたのがユニバーサルデザインである。
 ユニバーサルデザインはできるだけ多くの人が利用でき、使いやすく、美しいものを、費用の制約にも適するように工夫してつくる考え方である。そのことにより、私にもあなたにも関係あるものとなる。しかし米国のユニバーサルデザインは建築物・工業デザインなどに普及したもので、都市をユニバーサルデザインで語っているものはほとんどなかった。
 日本の都市や交通は、大量の人の移動性、速達性、安全性など行政や計画者の効率性と採算性重視の視点から考えられたものと言っても過言ではない。しかし1980年代中頃、利用者の立場からの道づくりが世田谷の梅ヶ丘で始まった。障害者・高齢者を含むすべての人が使いやすい観点から設計が行なわれ、その結果、今でも使いやすい街になっている。2人が傘をさして並んで歩けるように230cmの幅員を確保した中学校入口のスロープや、歩道の交差点部での連続性を確保するために平坦でスロープのないスムースな横断歩道などがユニバーサルデザインの具体例である。このような利用者や居住者の立場に立った道や都市づくりが必要である。
 しかし、従来のユニバーサルデザインは部分的な設計に重点が置かれ、都市や交通に関するユニバーサルデザインという考え方はほとんどなかった。ちょうどその時期に、当時の建設省都市交通調査室が主催する都市のユニバーサルデザインの研究会が設けられた。1999、2000年度と議論を行ってきたが、そのコアメンバーが引き続き、自主的に検討を進めてきた。本書はそこでの議論をまとめたものである。
 本書の内容はユニバーサルデザインの視点から都市・交通の考え方を示した第1部と、その事例を示した第2部とからなる。まず第1部の1章では、ノーマライゼーションから福祉のまちづくり、バリアフリーデザイン、そしてユニバーサルデザインへと進化していく経緯を示し、2章では制度的な面から福祉のまちづくりの始まりから交通バリアフリー法に至るまでの展開を示した。3章と4章では、移動しやすい都市を実現する考え方とその達成方法を示した。都市において人々が移動しやすくするためには、あちこちの段差を削ることだけでなく、都市の密度を高くすること、施設の配置を上手にする都市構造、交通ネットワークの頻度、乗換などを工夫し、時間的、空間的、経済的な移動抵抗を取り去ることの必要性を説いている。
 第2部は、私どものグループがユニバーサルデザインという切り口から現在ある都市・交通の様々な事例を分類整理して、どこがユニバーサルデザインかを示したものである。まず1章で都市全体の都市交通システムを扱った。例えば、移動しやすさ、環境保全を考慮した土地利用と交通の関係、あるいは交通手段等を紹介している。2章では特定の地域・地区の実践の事例やプロセスを紹介した。3章は交通のシステム上の工夫で、乗り継ぎの工夫、短距離移動の支援、代替交通手段を、4章はデザイン上の工夫で、例えば車両、道路、移動支援などを紹介した。
 以上の内容を書き終えて、わが国のカタカナ文字に弱い体質を改めて知ることになった。日本のバリアフリーデザインは不完全なかたちであるが、すでにユニバーサルデザインのコンセプトが盛り込まれたものとして理解されている。私の友人で、子供にピピ(pipi:おしっこ)とカカ(caca:うんち)と呼ばせていた夫婦がいた。彼らは、ピピやカカなら人前で子供が叫んでも問題がないというのだ。つまり、カタカナ文字の日本語としてその語感は外国人が感じているそれと確実に違うということだ。バリアフリーデザインもその意味で日本人特有の理解がある。おそらく、福祉のまちづくりを言い換えた日本語と理解するのが賢明ではないだろうか。
 最後になったが、本書を執筆するに当たり、国土交通省都市交通調査室の方々や、(社)日本交通計画協会には、ひとかたならぬお世話をいただいた。紙面を借りて、改めて御礼申し上げたい。

2001年12月吉日
秋山哲男









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