都市再生の都市デザイン
まえがき
近年わが国においては、都市づくりに携わる多くの機関やデザイナーにおいて“景観形成”の言葉のもとに、道路や広場、公園等の舗装や植栽、照明器具、あるいは建築物や工作物の意匠等々、主として都市空間の表層を美しく、魅力的なものにしようとする取り組みが活発である。しかしながら、その一方で、都市空間の骨格を形づくっている道路や広場、公園、河川等の都市基盤施設の配置や規模、形状、またこれらに接する建築物等と基盤施設とが造り出す都市空間を、そこで展開される人々の活動や心理的な反応に意を配って、適切に計画、構成し、設計しようとする取り組みはまだ充分にはなされていない状況にある。
都市の空間は、それが持つ機能や規模、形状、またこれに接する建物の用途や形態等によってその質が規定され、その結果、その空間の社会、経済的な意味やそこで展開される活動、また人がそこから受ける情感が異なってくる。従って、都市づくりにおいて都市空間を適切に構成していくことは、都市や地区の賑わいの創出、さらには都市活力の涵養等の側面において、景観形成、すなわち都市空間の表層を美しくしていくことと比べ、より効果的に、またより強く作用することになる。
このようなことから、都市づくりにおいては、景観形成とともに空間構成に積極的に取り組むことが求められることになる。そして、これに応えるためには都市づくりの構想、計画づくりから諸施設の設計、さらには工事監理に至るまでの各段階において、空間構成並びに景観形成の双方に的確に取り組んでいくことが必要とされる。
しかしながら、わが国の都市づくりの現状に照らして、これらに係わる取り組み、殊に空間構成に係わる取り組みが適切になされているものは前述のように必ずしも多くない。これは一つには都市づくりにおいてこれらの取り組みの技法、またその展開の過程が然るべく体系化され、関係する人々の間で共有されていないこと、また二つには造り出そうとする空間を実現していくための制度や手法が充分に理解され、また活用されていないことが原因している。
一方、わが国においては、今日多くの都市において中心市街地の再生、活性化が喫緊の課題になっている。これは人口や商業、サービス機能の集積、さらには行政、文化機能の立地等多様な側面で中心市街地の空洞化が進み、またその結果、中心市街地が都市としての様々な社会的な要請に応えられなくなってきている実態、またそのことへの危機意識が、遅きに失したとは言え、人々の間で広く共通して持たれるようになってきていることが背景になっている。これはまた、郊外部における幹線道路の整備、またその利便性や相対的な地価の安さに着目したその沿線への大規模商業施設の立地等に代表されるように、高度成長期以降今日に至るまで、街づくりに係わる投資が公民を問わず主として郊外部に集中してきたこと、またそのことによる不都合、ダメージが徐々に顕在化してきたことによっている。
人口や産業の集積が都市形成を牽引していく力を相対的に弱めつつある今日、また、技術の進歩を背景に機能や合理、あるいは効率を理念として街づくりを進めてきた、いわゆる文明論的な街づくりから、あそびやゆとり、美しさや賑わい、すなわち都市空間の質を重視する、言わば文化論的な街づくりが指向されつつある時代にあって、中心市街地の再生は、これらの時代の変化、要請に対応し得る新たなパラダイムにおいて、その解決のための糸口が見い出される必要がある。
このようなことから、本書の目的は、都市の再生、殊に中心市街地の再生、活性化を狙いとして都市内の一定の地区の開発整備を進める都市開発プロジェクトを対象としつつも、広く様々な都市づくりの事業に敷衍できることにも配慮しながら、これらに係わる多くの人々が共有し得る都市デザイン展開の体系を明らかにするとともに、都市デザインに係わる取り組みの技法と実現のための方策を提示しようとするものである。この場合、本書の中で詳述しているが、都市開発プロジェクトとは、土地区画整理事業をはじめ主として都市計画法に言う市街地開発事業を基幹的な事業手法として進められるプロジェクトを言い、また都市デザインとは上記の空間構成と景観形成の両方を含んだ概念であるとしている。
第1章においては、「都市再生の都市デザイン」の標題で、都市に住まう人々の意識やライフ・スタイルの変化等、様々な側面における社会変化を捉えながら、これらを高度成長期から今日に続く都市づくりの実態と対比させて、都市の再生に向けて今後の都市づくりにおいて求められる方向を考察し、その中で都市デザインに係わる取り組みの重要性を指摘している。そしてその上で、わが国における都市デザインへの取り組みの近年の状況を概観し、本書をまとめるに際しての問題意識を明らかしている。
第2章においては、「都市開発プロジェクトの計画プロセス」の標題のもとに、都市デザイン展開の体系を明らかにするための準備として、都市開発プロジェクトの構想、計画づくりの体系について考察している。
わが国においては、多くの都市開発プロジェクトにおいて都市デザインに係わる取り組みが時宜を得て的確になされていない。これはまず第一に都市デザインのための取り組みの時機を決めることになる都市開発プロジェクトの構想、計画づくりの体系が、これに係わる事業主体や関係機関等の間で充分に共通したものになっていないことによっている。そして、このような状況は、都市開発プロジェクトの事業目的がプロジェクトによって異なること、またその実現には複数の事業が組み合わされることが一般的で、従って、その体系はプロジェクトによって、また事業主体等によって異なることが多いことによっている。
このようなことから、本章においては、まず多くの都市開発プロジェクトが包摂し得る構想、計画づくりの体系を明らかにすることとし、はじめに土地区画整理事業における場合等、既往の体系について考察している。その上で、筆者がこれまでに係わった都市開発プロジェクトの中から四つのプロジェクトを事例として取り挙げ、これらにおける構想、計画づくりの段階的な展開の過程を整理し、両者を踏まえて都市開発プロジェクトにおける構想、計画づくりのプロセスを明らかにしている。
第3章においては、「都市デザインの実際」の標題のもとに、四つの事例プロジェクトそれぞれにおける都市デザインに係わる取り組みを、第2章で明らかにした都市開発プロジェクトのプロセスに即して体系的に紹介、整理している。都市開発プロジェクトにおける都市デザインの取り組みの広がりとその実際を示そうというものである。
そして、第4章においては、「都市デザイン展開の体系」の標題で、前章までの考察を受けて、まず本書の狙いの一つである都市開発プロジェクトにおける都市デザイン展開の体系を提示し、次に第5章においては、「都市デザインの技法と実現のための方策」の標題でこれに即してプロジェクトの構想、計画づくりの各段階において取り組むべき都市デザインの内容やその技法、また各取り組みを実現していくための方策を明らかにしている。
そして、最後に結びとして、第6章においては、わが国における都市デザインのより一層の充実に向けて、今後取り組むことが望ましいと思われる方向を明らかにしている。
都市づくりにおいて都市デザインに積極的に取り組んでいくことの必要性が高まることは自明である。本書が都市デザインを志し、あるいは既に取り組んでいる人々、さらには街づくりに関心のある人々とって、都市デザインの何たるか、またその重要性を理解するとともに、都市デザインに実際に取り組む際に参考になれば幸いであると考えている。
学芸出版社
トップへ
学芸ホーム頁に戻る