まちをひらく技術
─建物・暮らし・なりわい─地域資源の一斉公開

はじめに

 近年、都市の公共性や社会性に対する関心が高まり、様々な人を受け止める寛容さ、活発な交易や交流を可能とする自由さ、時代のニーズに合わせて変容していく柔軟さ等、本来都市に備わっていた場所や機能を取り戻そうと、改めて都市を「ひらく」ための取組みが各地で試行されている。道路や広場等の公共空間を有効活用するための社会実験、私的空間を宿泊施設やオフィスとしてシェア(共有)する取組み、建築や土木インフラ等の建設プロセスやその価値に関する情報発信等、物的空間、人々の意識・ふるまい、情報等「ひらく」対象は多様である。
 本書では、この都市・まちを「ひらく」取組みの中で実験的、仮設的、広告宣伝的な役割を果たす「オープンシティ・プログラム」に着目する。これは、建築、暮らし、なりわい等の地域を特徴づける資源を対象に地域ぐるみで時間・期間を限り、一斉公開するというものである。対象が建築であれば「オープンハウス」、庭であれば「オープンガーデン」、工場であれば「オープンファクトリー」として実施される。「オープンハウス」は、建築の持つ創造性や文化性を重視した取組みとして、欧州を中心に20数年の歴史がある。一方、我が国では町家や長屋などの地域資産の保全活用、いわゆる「まちづくり」の文脈で建築の一般公開が試みられてきたが、近年欧州型の「オープンハウス」に着想を得た取組みも行われるようになっている。
 個人所有の庭の一般公開は、イギリスにおける全国的取組みであるナショナルガーデンスキーム(1927年開始)が有名だが、我が国では90年代後半からのガーデニングブームに乗って2000年前後から全国各地で地域ぐるみで取組む「オープンガーデン」が盛り上がってきた。
 「オープンファクトリー」は産業振興、地域ブランディング、住工混在地域におけるまちづくりなど背景は地域ごとに様々であるが、従来の行政施策では解決が難しい問題に直面する地域(特に、首都圏、地方都市に限らず中小の工場が集積する地域)において、2010年以降、同時多発的に実施されている。
 また、ここで選ばれる資源の特徴としては、日常的には限られた人々のみが利用できるプライベート性の高い資源を扱っていることである。これまで個別にアクセスすることが難しかった、あるいは一般的に認知されることが少なかったものをまちや地域全体で考えることにより価値づけし、人々が訪れる対象に昇華させるのである。人々は、訪れた資源において日常の域を飛び越えた貴重な経験をし、所有者や関係者と対話をする。そして、その経験や対話が、運営を支えるボランティアとして、日常的な保全活動の担い手、主体的な関与へと人々を駆り立てるのである。一方、資源所有者も、来訪者との交流により、よりいっそう資源に対する愛着や誇りを醸成するだけではなく、イベントを契機に他の所有者とつながったり、あらたに地域を盛り上げる活動に参画することが期待される。
 オープンシティ・プログラムは、地域資源を一斉公開するという単純明快なフォーマットではあるが、都市・まちを「ひらく」ための様々な局面での活用が可能である。その発信力を生かして資源の価値や魅力を広く普及させたい、その集客力を生かして地域や地域資源のファンや一緒に活動する仲間を増やしたい、その演出力を生かして資源活用の実験をしてみたい、そんな地域の様々なモチベーションに応えることができる。そのため、本書はまず、オープンシティ・プログラムに取組んでみたいと思っている地域の企画者、運営者に対して、プログラム実施のハウツーを伝えることを重視している。各地でどのように企画を立て、運営しているのか、そのプロセスや創意工夫に共鳴して頂けるものと確信している。次に、現場での実践的アクションを含めたマネジメントが大事にされる昨今、オープンシティ・プログラムは、まちを動かしてゆく一つの選択肢となると考える。各地でビジョンをもって地域づくり、まちづくりの実践に心を砕いている方々に対しても、オープンシティ・プログラムの基本的な組み立てやその背景にある思想・哲学は、示唆に富むものとなるであろう。
 本書は、1部の理論編と2部の事例編に分かれている。1章で現代社会において、なぜ都市・まちを「ひらく」ことが求められているのか、歴史的な文脈も含めて論述する。2章では、オープンシティ・プログラムの基本的な情報を整理し、我が国における広がりを確認する。3章では、オープンシティ・プログラムの理念や企画運営の方法が、いかに都市・まちを「ひらく」取組みへとつながっていくのか、そのエッセンスを取り出していく。そして、4章では、各地のオープンシティ・プログラムの取組みからみえてくる企画運営のハウツーをまとめる。
 また、2部の事例編では、私たちがこの5年の間に調査を重ねた国内外の22事例を、六つのカテゴリーに分けイベントの内容や企画運営の内情に迫る。このカテゴリーは、まず都市やまちの主要素としての「建築」を取り上げ、さらに、その建築のフィジカルな部分とそこで営まれる「暮らし」や「なりわい」に注目する。また、「暮らし」のなかで「建築」と都市・まちを媒介する存在である「庭」に、そして「なりわい」をより豊かにしていく要素として「クリエイティビティ(創造性)」に焦点を当てる。最後に、これらが年を重ね次世代へ継承すべきものと価値が共有された「レガシー」としてまとめることとした。
 なお、事例編では、2016年11月に〈オープンハウス・ロンドン〉の考案者であるヴィクトリア・ソーントン氏を英国より招いて主催した「オープンシティ・シンポジウム」の講演会の様子を掲載している。彼女の20数年間の奮闘と、現在の魅力ある都市ロンドンの姿に裏打ちされた真実味のある言葉に耳を傾けて頂ければ幸いである。
2017年8月 著者一同