まちをひらく技術
─建物・暮らし・なりわい─地域資源の一斉公開

あとがき


 2012年2月、町工場が集積する東京都大田区で工場を一斉公開する〈おおたオープンファクトリー〉の第1回が開催されました。筆者の野原と岡村はこれを提唱し、地元観光協会や工業会とともにこれまで企画運営に携わってきました。目指したのは、多くの人が町工場やモノづくりのまちに近づく機会を提供することであり、それにより地域価値としてのモノづくりを基盤としたまちづくりを進めるための情報を集め、関わる人の裾野を広げることでありました。7年間の取組みで、拠点施設の整備、区内のクリエイティブ人材との新たなネットワークの構築、あるいはこのような取組みを主体的に進める組織の設立という果実を得て、プロジェクトは大きく展開しています。また、この大田での試行錯誤と時を同じくして、日本各地で同時多発的にオープンファクトリーが地域振興、産業振興、地域ブランディング等を目的に開催され、これがモノづくりのまちを動かす大きな力になっていることを実感してきました。
 一方、欧州での建築一斉公開プログラムも、本書執筆の大きな動機の一つです。田中は学生時代留学先のベルギー・ブリュッセルで〈欧州遺産の日〉、野原は出張先の英国・ロンドンで〈オープンハウス・ロンドン〉に出くわしました。多くの市民や来訪者が、建築や都市に引き寄せられ、そのデザインや歴史・文化を学び、まちの将来を語る機会として人気を博し、毎年のイベントとして定着していることに深く感銘を受けたのです。もちろん、これらのイベントの理念や方法、その展開についてはつゆ知らず、ただ、まちを魅力的にみせる方法、あるいは多くの人をまちに引き付ける方法として、関心を持ったのです。
 その後、2012年3月には、英国ロンドンにて、〈オープンハウス・ロンドン〉の発案者ヴィクトリア・ソーントン氏との面会が実現した後、「オープンシティ研究会」として本格的にスタートさせ、世界各地、全国津々浦々イベントプログラムを歩き見て、企画者の話に耳を傾けてきました。
 この5年間で私たちは、時間・期間限定で地域資源を一斉公開するという明快なフォーマットをもつオープンシティ・プログラムが、人々とまちとの関係を再構築することに対して、どれだけの可能性があるのか思考をめぐらしてきました。資源発掘の段階から実際の資源の保全や活用に至る段階まで、まちづくりの様々な局面で実施されていることが分かってきたのです。オープンシティ・プログラムには、資源所有者をはじめ地域の多様な主体を結びつける「団結力」、資源が分布する地域の魅力や価値を分かりやすく伝える「編集力」、イベントという機会を利用し実験的に取組む「挑戦力」、地域内外から多くの人々を資源やまちへ呼び込む「誘引力」が備わっており、多くの地域が期待していることも窺えました。
 そして、2016年11月には、ソーントン氏と、〈オープンハウス・ロンドン〉の立ち上げからともに道を切り開いてきた旦那様を日本にお招きしてシンポジウムを開催し、25年にわたるロンドンでの取り組みと世界30数都市の実践から構築された説得力あるメッセージから、オープンシティ・プログラムが新たなまちづくりの方法になり得ることを再確認しました。
 最後に、本書の出版にあたり、これまでお世話になった方々にお礼を申し上げたいと思います。筆者ら(野原、田中、岡村)の出身研究室である東京大学都市デザイン研究室の皆様と過ごしてきた時間が本書の土台となっていることは言うまでもありません。そして、なによりも、今日までご指導いただいた恩師、西村幸夫先生への恩返しになればと思います。
 さらに、本書の着想の原点とも言える〈おおたオープンファクトリー〉をともに築き上げてきた栗原洋三氏(大田観光協会前事務局長)や川原晋先生(首都大学東京)をはじめ、大田プロジェクトの関係者の皆様、そして全国のオープンシティ・プログラムの企画者の皆様の思いと行動が、私たちを本書の執筆に駆り立てました。
 そして、編集者である井口夏実さんには、早くから本テーマに興味を持って頂き、ご支援いただきました。改めて感謝申し上げます。
 なお、本書を執筆するにあたり、科学研究費補助金「地域資源マネジメント手法としての「資源一斉公開プログラム」の有用性及び可能性」(15K01953)(H27-29)、同「市民参画型シティプロモーションとしての建築公開行事「オープンハウス」に関する研究」(24611012)(H24-26)の助成を受けて調査研究を進めることができました。ここに感謝の意を表します。
2017年8月 筆者一同