スポーツツーリズム・ハンドブック


はじめに(未定稿)


 「スポーツツーリズム」は、スポーツで人を動かす仕組みづくりのことですが、わが国において、この言葉に対する認知度はきわめて低い状況でした。筆者が2005年12月16日にグーグル検索を試みたところ、英語の“tourism”のヒット数は1億4200万件あり、“sport tourism”のヒット数は、約1割の1450万件でした。それに対し、日本語の「スポーツツーリズム」のヒット数はわずか211件とほとんどなきに等しい数字でしたが、2015年1月28日現在では、「スポーツ観光」が329万件、「スポーツツーリズム」が128万件のヒット数になるなど、過去10年間で、スポーツツーリズムに対する認知度は大きく高まりました。
 その一方、長期休暇が制度化され、旅行者の多くがスポーツを楽しんできた欧米では、スポーツツーリズムに対し、早くから注目が集まっていました。1980年代には、スポーツツーリズムに関する研究が徐々に活発化し、1993年には、スポーツツーリズムの研究誌である“Journal of Sport & Tourism”が創刊され、90年代後半には、研究によって蓄積されたナレッジ(知識)を体系化した教科書が発行されるようになりました。これによって、高等教育におけるカリキュラム化が進み、スポーツツーリズム分野の人材養成が始まりました。
 日本においてスポーツツーリズムに関する取り組みが本格化するのは、2005年に社団法人日本ツーリズム産業団体連合会(TIJ) が開催した「ツーリズムサミット2005」で、「スポーツとツーリズム」がテーマとして設定されたころからです。本サミットでは、旅行業界とスポーツ業界の連携のなかで、スポーツ体験型イベント、スポーツ観戦、国際大会の誘致などを進める狙いがありましたが、講師の一人として参加した筆者も、500名という参加者の多さと会場の熱気から、スポーツツーリズムの将来的な発展を予感しました。
 その後日本では、2007年に観光立国推進基本法 が制定され、翌年の2008年には観光庁が創設されました。これを機に、観光産業の育成をオールジャパンで推進する体制が整い、その後のスポーツツーリズムを推進する基盤が築かれました。2010年には観光庁でスポーツツーリズムが提唱され、2011年のスポーツツーリズム推進連絡会議 の設置と2012年のスポーツツーリズム推進基本方針 の策定、そして(一社)日本スポーツツーリズム推進機構(JSTA)の設立と、一連の流れのなかで認知度が高まっていきました。さらに観光立国推進基本計画 (2012年)とスポーツ基本計画 (2012年)のなかにスポーツツーリズムの文言が使用されたこともそれ以後の動きを加速化させる要因となりました。
 本書の目的は、新しい概念であるスポーツツーリズムの、日本における知識体系の教科書化にあります。前述したように、スポーツツーリズム推進基本方針に沿ってJSTAが設立されたが、人材養成は、スポーツコミッションの設立支援とともにJSTAの中核事業の一つになっています。今後スポーツツーリズムがさらなる発展を遂げるには、その業界を熟知した人材の養成が必要です。前述の「スポーツ基本計画」においても、「3. 住民が主体的に参画する地域のスポーツ環境の整備」のなかの(2)地域のスポーツ指導者等の充実において、「国及び地方公共団体は、大学、スポーツ団体及び企業等と連携して、スポーツツーリズムや観光によるまちづくりに関する専門的知識を有する人材の育成」を行うことを促進するとともに、(4)地域スポーツと企業・大学等との連携において、「国及び地方公共団体は、例えばスポーツツーリズムによる地域の活性化を目的とする連携組織(いわゆる『地域スポーツコミッション』)等の設立を推進するなど、スポーツを地域の観光資源とした特色ある地域づくりを進めるため、行政と企業、スポーツ団体等との連携・協働を推進する」といった具体的施策が述べられています。よって、国の指針としての人材養成と、スポーツツーリズムを熟知した人材が働く場所としてのスポーツコミッション的な組織の設立は急務です。
 本書は、これからスポーツツーリズムを学ぶ、学生や社会人の入門書として刊行されるもので、専門学校や大学、そして誘致や主催に関わる地元の方々、ツアーの造成に関わる旅行社の方々が最初に学ばれる本としての活用が期待されます。スポーツツーリズムには、スポーツを「観る」「する」ための旅行やスポーツを「支える」人々との交流、スポーツが楽しめる隠れた地域資源の発掘と魅力化、そしてスポーツイベントの誘致やインバウンド観光の促進など、多様な視点を盛り込んだ「スポーツによって人が動く仕組みづくり」の構築が必要となります。今後本書が、スポーツツーリズムを支える人材養成と、全国的なスポーツと観光の振興に貢献できれば、それは筆者らの望外の喜びです。
2015年6月30日
早稲田大学/一般社団法人日本スポーツツーリズム推進機構代表理事 原田宗彦