観光のユニバーサルデザイン
歴史都市と世界遺産のバリアフリー

まえがき


 わが国では戦後以来、経済成長と人口増加に対応した都市・地域づくりを推進してきた。それは経済性、効率性、安全性等に重きを置いた都市・地域づくりであったと言える。その間に、市街地の拡大と既成市街地の衰退、自動車交通への過度の依存と公共交通の衰退、産業構造の変化による第一次・第二次産業の減少とそれを主産業としてきた地方都市の衰退、そして長い歴史によって形成・醸成されてきた豊かで個性的な風土・景観などの崩壊が進行してきた。
 そのため、近年の世界に例をみない少子高齢社会の進行もあって、高齢者や障害者も含めて誰でもが生き生きと暮せるまちづくり、国土・地域の均衡ある活性化のための新たな産業の育成、美しい国土・地域と歴史風土の維持保全活用、低環境負荷のまちづくり等が喫緊の課題として認識され、新たな社会や都市・地域づくりにパラダイムの転換が起こっている。
 人口減少や高齢者の増加に対応し、地域が誇りと愛着を持って暮せる地域社会を形成するために、観光の役割が重要となってきた。このため国では、2007年1月に観光立国推進基本法、2008年5月に地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律(通称「歴史まちづくり法」)を制定し、そして2008年10月に国土交通省に観光庁が設置されて、観光立国が推進されてきている。
 これは、これまでの経済成長重視から人の生活や地域の再生・維持による豊かで個性的な国土と国民の暮らしへの転換であり、産業的にはこれまでの製造業に加えてサービス産業・観光産業等の強化を推進しようとするものである。それには、これまで育み醸成してきた国土・地域の歴史、文化、風土、自然等の維持保全と、これらへの観光のためのアクセスをどこまで許容するかのバランスが重要である。また、観光地や中心市街地等では、環境への負荷低減と高齢者や障害者を含めた誰でも使いやすく移動しやすい交通環境の形成が必要となっている。

 一方、わが国において環境、福祉、市民・使用者等の観点から都市づくりをとらえる、都市のユニバーサルデザインの本格的な議論がなされたのは1999年の当時の建設省都市調査室においてである(その結果は、2001年12月に『都市交通のユニバーサルデザイン』として学芸出版社から出版されている)。これらを背景として、われわれは、日本福祉のまちづくり学会において「観光のユニバーサルデザイン委員会」を2004年9月に立ち上げ、2007年まで約3年間研究を行ってきた。これを基にして、さらに2007年から検討を重ね、『観光のユニバーサルデザイン』として本書を取りまとめたものである。
 本書の内容は、まず序論として、ユニバーサルデザインや、観光におけるユニバーサルデザインの概念・考え方など、基本的な事項をとりまとめた。第T部では、観光は徒歩で行われることが基本であることから、観光地内を自動車交通から開放された面的な歩行者空間に形成するための必要性や方策を提示し、また国内外の事例を取りまとめている。そして、第U部では自然のなかのユニバーサルデザインとして、自然度(世界遺産、国立公園、身近な里山など)に適切に対応したアクセス、活用、保全等の考え方をとりまとめた。第V部は世界遺産に登録されている京都の神社仏閣の境内のユニバーサルデザインの分析を通して、文化的世界遺産のオーセンティシティとユニバーサルデザインのあり方を取扱っている。

 最後に、長年にわたって観光のバリアフリーやユニバーサルデザインの研究と実践を行い、また前述の日本福祉のまちづくり学会における観光のユニバーサルデザイン委員会の委員長として委員会を主導され、その活動が本書の契機となった故草薙威一郎(当時JTMバリアフリー研究所長)さんに感謝の念をささげ、ご冥福をお祈りします。
 本書が、都市・地域づくりや観光に関わっている地方自治体、観光関連業界、研究者、都市計画コンサルタント、学生、市民の方々に活用していただけるものと思っております。このことによってわが国の豊かな自然・風土・景観が保全活用され、均衡と活力ある国土・地域づくりが推進されることを願っております。
著者一同