子どもが道草できるまちづくり
通学路の交通問題を考える

おわりに──シンポジウムを開催するまで

足立礼子

 2007年の4月29日午後、横浜の開港記念会館ホールにおいて、子ども環境学会横浜大会の特別シンポジウム「道草のできるまちづくり―車社会から子どもを守る」が開かれた。その企画の背景や本書とのつながりをお伝えしたい。

子どもに冷たいクルマ社会を憂慮

 私(足立)の所属する市民活動組織「クルマ社会を問い直」は、交通事故、大気汚染、公共交通の衰退、コミュニティの崩壊などクルマ社会の弊害を問い、改善したいと願って活動しているが、中でも、心身の未熟な子どもが受ける被害は大きな問題の一つととらえている。
 本会では、2002年に「クルマ社会と子どもアンケート」調査を行った(対象は全国各地の保育園・幼稚園・小学校の先生、保護者、小学生など。回答数1421人)。その回答からは、子どもが日々クルマの危険にさらされている現状が見えてきた。小学校の先生と保護者の3割は「子どもが事故に遭った、または遭いそうになった体験がある」と答えている。大人は「歩くときはよそ見をするな、白線からはみ出すな」と子どもに自衛を求めているが、回答では、小学生でも自制力や注意力がおぼつかないことが示されていた。道という日常的な空間で、好奇心旺盛で動きたい盛りの子どもたちが、危険と隣り合わせで行動を規制されている現実がある。
 そうした状況や、自動車排ガスの汚染、さらにクルマでの「楽ちん個室移動」が増えている現状なども考えると、クルマ社会が子どもの心身に及ぼす影響は計りしれないものがある。アンケートでも多くの大人が、体力の低下や遊び場不足によるストレス増幅、子ども同士の交流の減少などに、クルマ社会の影響が大きいと答えていた。

子ども環境学会で広がった理解の輪

 こうした問題を会以外の人々と共有できないかと考えていた頃(2004年)、子どもと遊び場の調査で知られる仙田満さんを発起人とする子ども環境学会が設立されるという話を聞き、さっそく本会も会員に加えていただいた。私たちの趣旨は学会理事の方々の理解を得られ、翌年の東京大会では、本会会員である今井博之さんの推薦した英国の疫学学者イアン・ロバーツさんが招かれ「子どもと交通戦争」と題する基調講演が行われた。また「子どもが事故にあわないまちづくり」の分科会も開かれ、これをきっかけに、分科会のコーディネーターをつとめた学会理事の木下勇さんを代表とする「子どもとコミュニティのための道研究会(略称「こ」みち研)」も発足し、意見交換が少しずつ始まった。
 さらに、2007年の横浜大会では特別シンポジウムの枠が与えられた。しかし、クルマの利用が当たり前になっている今、その弊害には「仕方がない」とあきらめに似た反応を示す人が大半で、学会においても関心を寄せる人は少数のようである。そこで、担当者となった木下勇、鈴木一之、佐藤清志、久保健太の各氏と足立(いずれも「こ」みち研メンバー)で、視点を広げてより多くの人が関心を持てるものにしようと考え、浮かんだテーマが「道草のできるまちづくり」である。道草をキーワードとして、子どもにとっての道・まちの役割を考える中でクルマ社会の現状と改善策に目を向けていく、というコンセプトを立てた。
 そして5人の方に登壇をお願いした。報告者の水月昭道さんからは、子どもにとっての道草の意義や通学路の現実を、城所哲夫さん(東京大学助教授。横浜市内小学校の元PTA会長でありまちづくり活動実践者)からは、道の役割と地域の道を安全なものにする取り組みを、また上岡直見さんには、クルマ社会がもたらす様々な影響を、谷口綾子さんには、クルマを減らす心理的方策としてのモビリティ・マネジメントを提起していただいた。
 コーディネーターの今井博之さんは、道の形態と子どもの安全・成長との関連を提起しながら、それぞれの話を一つの輪にまとめられた。子どもの心身の成長に必要なのは、自らの意思で歩み遊べる良好な大気の日常的な外空間(道草のできる道・まち)であり、そこからコミュニティも育つ。その実現のためにはクルマの利用を減らす努力、その意識の醸成が課題となる、という示唆を与えられたように思う。
 今回、上岡さんの発案とご尽力により、このシンポジウムをもとにした本書が作られた。新たに椎名文彦さん、寺内義典さん、また本文中に記した関係者の方々の視点も加えられ、問題の視野がさらに広がった。深く感謝し、本書で出された「難題」をより多くの人々と考えていきたいと願っている。