景観まちづくり論


むすび

 二〇〇二年より早稲田大学の建築学科三年生を対象に、「景観設計」と名付けた科目を開講している。建築学科のカリキュラムの再編がこの講義の誕生のきっかけであるが、ちょうど私が、二〇〇〇年から二〇〇一年の間、客員研究員として滞在していたマサチューセッツ工科大学(MIT)から戻った時期でもあり、それ以前の担当講義とは内容を大きく変更してみることにした。
  本書は「景観設計」の講義ノートをもとに、私の都市デザイン、まちづくり、都市・地域計画に対する考えを包括的に編集することをこころみたものである。
  幸いなことに、二〇〇五年には『景域を基礎とする内発的まちづくりの一連の研究』で日本建築学会賞(論文)を受賞する栄誉に浴した。建築学会賞の対象となったのは三十余編の既発表の学術論文を、「景域の記述」「景域の設定」「景域を基礎とする内発的まちづくり」の三部構成にまとめたもので、まちづくりの資源を「景域」から解読することと、まちづくりの成果を「景観」として表現することの両側面から、まちづくりプロセスの理論的基礎を導くものであった。この受賞業績は審査付き学術論文という性格上、どうしても断片的で難解なものとならざるを得なかったが、本書では多くの読者の理解を得られるように、それらのエッセンスをわかりやすくまとめるとともに、私が携わったまちづくり事例の紹介にも重きをおいた。
  本書の中で繰り返し述べたように、「景観」とは地域社会の視覚的表現であり、これを設計するということは、単に物的空間の美学的価値を高めることにとどまらず、「景観」を表出する人間の社会的営為を発見し、価値付けし、編集するとともに、将来に向けて、より良い方向へ導いていくことまでを含む広いものだと認識している。その意味で、かなり枠組みを広げて論じているが、本書が広義の「景観まちづくり」の領域の全てをカバーしているかと問われれば、こころもとない。未だに、釈迦の手のひらの全容は見えないというのが実感である。
  日本建築学会賞の受賞を機に単著での出版を企画いただいた学芸出版社の前田裕資さん、彼とともに編集作業にあたっていただいた中木保代さんに感謝したい。本書のタイトルについては最後まで決めかねていたが、この分野の出版状況に詳しいお二人の勧めもあって、『景観まちづくり論』とすることとした。
  また、デニス・フレンチマンMIT教授はいつも多くの知的な刺激を与えてくれるとともに、家族ぐるみのお付き合いもさせていただいている。本書においても貴重な写真と資料の提供にこころよく応じてくれた。
  本書の後半の『景観まちづくりの実践』で紹介した七つの事例のみならず、まちづくりの現場で感じたり、悩んだりしたことが大きな財産となっており、前半の『景観まちづくりの思想』を下支えしている。まちづくりの現場でこれまでにお世話になった多くの方々にもお礼を述べなくてはならない。そして、一緒にフィールドワークに取り組むことのできた研究室の学生諸君にも感謝したい。現在、その数は百五十にのぼり、多くの卒業生や修了生が社会の中核で活躍していることはとても心強い。多くの方々の力添えによって本書が誕生することを心より喜びたい。
  さいごに私事にわたり恐縮だが、出張が多く留守がちな状況下にあって、安定した研究環境を支えてくれている家族にも謝意を表したい。長男は本書の原稿を試読してくれるまでに成長した。彼の指摘を受けて独りよがりな言い回しをいくつか修正することができた。
  この「景観まちづくり論」が、新たな社会関係資本を形成する礎となり、わが国のまちづくりの発展に僅かながらでも寄与できることをこころより願っている。

                       都の西北にて  二〇〇七年十月  後藤春彦