公共事業と市民参加


まえがき
 

 「ここに幅40mの高速道路をつくることになりました」
 穏やかな日常生活を送っていた閑静な住宅地で、あるいはにぎやかな商店街で、自然豊かな市民の憩いの場で、突然そう言われたら、あなたはどうするだろうか。
 私達の目の前に現れた高速道路計画は、広域的な道路計画にパブリック・インボルブメント(Public Involvement:PI)を導入する日本初の試みである。PI は国によって様々な方法で行なわれているが、日本はその国々とは人々の意識も市民参加を支える仕組みも制度も異なり、言葉の解釈も人により様々だ。
 公共事業は強引に進められるものだと聞いていたので、PI によってこれまでの進め方よりは良くなるのかもしれないと期待しつつも、行政の進め方にこれまでとの違いはあまり感じられないし、住民側でPIに対応するような新しい動きは起こっていない。
 この高速道路計画は、過去に都市計画決定された後、当時の建設大臣によって凍結されたもので、私も参加することになったPI外環沿線協議会の確認書では「都市計画を棚上げにし昭和41年都市計画決定以前の原点に立ち戻って、計画の必要性から議論をする」とされている。
 計画の必要性から議論をする、いわゆる構想段階では、そもそも何を議論すべきなのだろうか。広域が関わる高速道路であれば、自分の住む地域がどういう意味を持つ場所かという視点だけでなく、広域的な視点から議論する必要がある。賛成するにせよ、反対するにせよ、なぜそう考えるかという根拠がなくては議論にならない。しかし、道路計画をはじめ公共事業には様々な側面があり、突然計画を知らされた市民は、一体どこから考えていいのかわからないという人がほとんどではないだろうか。現在はインターネットで多くのことを調べられるようになってきたが、大量の情報の中で何が関係する情報なのか、事業者の主張が正しいのかチェックしたくても、チェックするためのデータは何処に行ったら手に入るのか、疑問に思うことがあっても誰に聞いたら良いのかさえわからない。
 真剣に考えようとすると、仕事や家事に追われる日常生活に加えて、こうした作業に膨大な時間とエネルギーを割かなければならない。頑張って調べたところで、公共事業は政治的な意図によって私達の目に見えないところで決められてしまうものだとも聞く。だから住民が取る行動は事業内容の分析・検証ではなく、反対運動をするか、条件闘争をするか、あるいは単なる傍観者や評論家に納まるかのいずれかになりがちだ。こうした事情のためか、「道路について考えている」と言うだけで「反対運動」「住民エゴ」と偏見を持たれてしまい、このことがさらに活動をしづらくする。
 様々な側面があり、様々な取り組み方がある中で、何かの専門家でもなく、ボランティアでしかない私達が冷静に道路計画を考えるにはどのような方法があるのか。限られた人数しか参加できない協議会の協議員は何をすべきなのか。
 なお、PI は「市民参画」や「住民参画」と訳されることが多いが、まちづくりの分野で「参画」という言葉は協働や権限委譲などさらに進んだ段階のことを意味しており、本書では、広い意味で使われている「市民参加」という表現を用いている。
 本書では、前半に私達なりに考え取り組んだPI への参加方法を、後半はこれを発展させた過程や私達なりの分析方法を、そして最後に、私達市民が構想段階の道路計画に参加する意義と課題をまとめた。今後PI に取り組まれる方々にとって少しでも役に立つことができれば幸いである。