中心市街地の再生


はじめに

 地方都市で、市民生活の拠り所となってきた中心市街地が衰退している。これは個々の地方のローカルな問題であると同時に、日本を含む先進国に共通した世界的課題でもある。これらの国々では、化石資源を大量に消費するモータリゼーションが国民生活の発展のシンボルとなったような時代はとうに終わり、20世紀後半の経済成長と市街地の郊外拡散のつけが環境や社会にまわってきている。中国、ロシア、インドなどの大国が同じプロセスを歩むことを想像すると暗澹たる気持ちになるが、その一方で、21世紀は国々の「先進度」を、中心市街地の元気さで測るような時代になるかもしれないという予感もある。

 本稿を執筆している2006年の夏は、FIFAワールドカップ(ドイツ大会)の真っ最中である。日本の残念な一次リーグ敗退、その日本に圧勝したブラジルの準々決勝での敗退、ラテン系同士の意地をかけた決勝など、興味深いドラマが展開されている。この時期にサッカーとまちづくりについて連想ゲームを行うのはこじつけに違いないが、もし「まちづくりワールドカップ」なるものが開催されるとして、日本チームの実力はどの程度のものかと想像してみた。日本では、都心型の高度複合利用のまちづくりは、世界的にトップクラスにあるといわれるが、こと中心市街地のまちづくりに関しては、アジア予選通過も心もとないのではないか。しかしながらサッカーでも、ワールドカップ出場など夢に過ぎなかった長いトンネルをくぐり抜けてきたのであり、まちづくりも悲観せずに、しっかりと前を向いて進みたいものである。

 本書は、アメリカのダウンタウン再生を目的に開発・運用されている「メインストリートプログラム」が、日本の中心市街地活性化に重要な示唆やノウハウを提供してくれるということを、日本のまちづくり関係者に伝えたいという動機に基づいて執筆したものである。再びサッカーとのこじつけで恐縮だが、ワールドカップをテレビ観戦しながら、いくつか考えたことを以下に述べる。これを糸口に、本書の狙いや内容をイメージしていただけたら幸いである。

世界に学ぶ
  サッカーの日本チームは、海外からの有能な監督の招聘、海外チームとの試合、優秀な「海外組」の存在などで、ワールドカップに出場できる力をつけてきた。ヨーロッパ流、ブラジル流など試行錯誤しながら、日本流が身についてくると、決勝トーナメントの常連になれるかもしれない。まちづくりの世界ではどうだろうか。専門家や有識者は、知識的には海外の情報に依存する面がありながら、いざ実践となると外国のマネを潔しとしない面がある。そこには相応のプライドがあると思われるが、中心市街地の現状は、誇り云々を問題にするような悠長な状況にはない。貪欲に良いものを学び、採り入れ、消化することが必要である。そして、アメリカのメインストリートプログラムがこれまでに約1900のダウンタウンを再生している実績は、中心市街地のまちづくりではワールド・チャンピオンの座に最も近いと思われる。

組織の力と個人の力
  サッカーには、野球のように定石となる「セオリー」はないという説があり、そのことが意外なドラマを生み出す面白さにつながっているが、試合を見て感じるのは、組織の力と個人の力の関係やバランスである。まちづくりにセオリーは必要だが、それとともに組織を活性化し、個人を活かすような土壌をつくることが必要と感じる。メインストリートプログラムの運用体制として、組織の重要性については本文中でも紙幅を費やしているが、個人(マネージャーやボランティア)の力をうまく引き出すような組織のあり方は、極めて重要なテーマである。

サポーターやファンの存在
  日本のチームが連続してワールドカップに出場するようになったのは、言うまでもなくJリーグの発足に源がある。Jリーグの戦略として優れているところは、ホームタウン制により地域密着でサポーターやファンを増やしたことである。プロ野球リーグは資本の論理で淘汰されそうになったが、日本の津々浦々にサッカーチームをつくりたいというJリーグの戦略に、いずれ凌駕されるかもしれない。翻って、中心市街地にはあまりにもサポーターやファンが少ない。国策的にいろいろな施策が打ち出されても、当の市民がそっぽを向いてしまっている。この点についてもJリーグの戦略は大いに参考になり、また、メインストリートプログラムがコミュニティに根ざした運用を行う点にも通じるものがある。

 本書は、3部構成(計7章)から成っている。各部の主旨は以下の通りであるが、読者それぞれの関心のある部分から読んでいただいて構わない。興味が広がれば、他に読み進んでいただければと思う。

 第T部は、日本でメインストリートプログラムを学ぶ意味を考えた上で、同プログラムの理念や内容を概説したものである。より詳しく情報を知りたい場合は、巻末の参考文献一覧を参考にされたい。

 第U部は、アメリカのダウンタウンの衰退から再生に向けた経緯の中で、メインストリートプログラムが生まれ成長した過程を整理した。その上で、現時点のメインストリートプログラムの活動状況の現地動向、その活動の主要な一角をなす「デザイン基準」の事例等について報告した。最新情報を得るためにウェブ等による情報収集に加えて、関係者とのやりとりや現地取材を行っており、いきいきとした情報を満載している。

 第V部は、メインストリートプログラムを日本で応用・導入するという観点から、それに類した先駆的な国内事例を紹介し、日本での取り組みの方向性等について筆者らの考えを述べた。

 筆者らがメインストリートプログラムの研究や現地調査の機会を得たのは、財団法人区画整理推進機構/街なか再生全国支援センターの自主研究への参加、地域振興整備公団(現UR都市機構)によるメインストリート関係者等の招聘・交流に負うところが大きい。本書を上梓するにあたり、改めて、これら機関の関係者に感謝申し上げたい。

 折しも、まちづくり三法が改正され、メインストリートプログラムへの関心が高まっているこの時期に、本書をまとめることができたことは幸運であった。そのような機会を与えて下さった上に、内容構成についての的確なアバドイスと遅れがちな執筆への叱咤激励をして下さった学芸出版社の前田裕資さん、編集をご担当いただいた宮本裕美さんに厚くお礼申し上げる次第である。

執筆者一同