オープンスペースを魅力的にする


監訳者まえがき

 公共空間(パブリックスペース)は都市の文化を生みだす多様な機会を提供する。大勢の人々が行き交い、ときに佇み、またところどころが飲食やパーフォーマンスの場となり、さらに沿道の建物と交歓がなされているような通りが都市にあるなら、そこにはストリート文化が生まれ、市民はそこに愛着を持ち、それを誇りに思うであろう。単にレクリエーションの場としてだけではなく、多様な年齢層の人々の交流の場になり、さまざまなスボーツや市民活動、文化活動に使われる公園があるなら、そこはコミュニティの核となり、人々に根づいた地域の文化を生みだす場となるであろう。このようなポテンシャルは、駅前広場や河川空間にも、また建物の足元の公開空地にも同様に見い出される。公共空間がこのように市民の空間として生き、都市文化醸成の場として育っている場合、そこに共通して捉えられる情景は、市民に「親しまれている」、あるいは「よく使われている」という姿であろう。
 道路が、単に交通のための空間として存在し、また公園が単に形として美しく修景され、あるいは環境に寄与しているだけでは都市文化は生まれない。かって、白幡洋三郎氏は「公園なんてもういらない」という刺激的なタイトルで、いかにわが国の公園が使われていないか、またいかに画一的につくられてきたかと批判した(『中央公論』106号、1991年)。公園は地域の人々にとって自らの生活の一部となり、地域の物語を紡ぐような場所になるべきで、「文化」としての公園が求められているとの思いが記されている。そして、人々にとってコミュニケーションの場となっていない「公園なんてもういらない」と主張したのであった。そこには公園が新たな都市文化の形成に向けて先導的な役割を果たす存在になるべきであるとの強い願い、主張があった。
 欧米を旅すると、多くの公園で高齢者がベンチで憩い、幼児を連れた親が散歩し、子供たちが遊びに興じている姿が見られる。また広場ではさまざまなイベントが繰り広げられ、ときにはパーフォーマンスがたくさんの人をひきつけている様を見てきた。そして、道路空間ではカフェテラスで人々が思い思いに時間を過ごし、またウインドウ・ショッビングをしながらそぞろ歩きを楽しんでいる姿がある。私たちもまたカフェテラスの一隅に席を見つけ、歩き疲れた身体に一息入れてきた。そこでは、人々はパブリックスペースを自らの生活の場の一部として自然に利用し、その中に溶け込み、思い思いの時間を過ごしていた。そして、こうした振る舞いや雰囲気からこそ、その都市ならではの生活文化、都市文化が生まれてくるのだろうと納得したりしてきた。
 一方、わが国においては、人々の生活の一部となり、さまざまに使われ、人々に親しまれているような公共空間に接することはきわめて稀である。人の姿がまばらで使われていない公園がなんと多いことか。また、沿道の建物とコミュニケーションを持ち、人々が楽しみながら歩ける道がなんと少ないことか。まちを歩いていて幾度となく嘆息した。また、そこには空間のつくられ方の不的確さ、空間の利用に寄せる人々の思いの希薄さ、また利用を難しくする制度の存在等の問題があることに絶えず思いを及ばせてきた。
 しかしながら、時代は少しずつ動いている。人口減少時代を迎えて厳しさを増す都市間競争、またことに地方都市において著しい中心市街地衰退状況の解決、これらを背景として公共空間の賑わい利用を進める都市が増えつつある。また国においても公共空間の管理に関わる制度を弾力化させる動きが見られるようになってきている。こうした地方都市や国における最近の動きを見るにつけ、公共空間の改善、新設に際してこれまでのような単に形のデザインだけに腐心した空間ではなく、何よりも人々に使われる、親しまれる空間をつくり、時代にあった管理の仕組みを整えていくことの大切さを認識し、またそれを市民、専門家、行政に携わる人々がともに実践して欲しいと思う。さらに、公共投資が縮減される一方、民間による都市開発、都市整備が活発化し、公的な領域が減り、私的な領域が拡大する中で、これからの新しいまちづくりを担う人々が現在の状況に受け身であることを避け、実践を通して公的な領域の魅力づけに取り組み、また私的な領域であっても、公的に使われる空間をつくり出すことが重要であろう。そのような積み重ねこそがこれらの人々が新しい活動領域を拡げ、その職能に対する世間の認識を高める途を拓くであろう。

 そのように思う日々の中で、同様の思いや願いから本書を携え、わが国にも紹介して欲しいと依頼してきた人が現れた。急ぎ、拾い読みしてみると本書がこういった思いに応えてくれる内容に溢れていることがすぐに理解された。
 本書は、まず使われない公共空間の問題点を明らかにし(1章)、次に公共空間が使われる、また親しまれるようになるための切り口を解説し(2章)、それを具体的な事例を以って示し(3章)、そして最後には親切にも公共空間が魅力的であるか否かを評価する手法までも示している(4章)。
 本書はきわめて平易に書かれている。しかしながら、その内容は公共空間をより身近な自らの場とし、都市文化を醸成する場となることを願う人々、またそうした空間をいかに生みだすべきか日夜思いを巡らせている専門家や行政に携わる人々にとって多くの蘊蓄に富んでいる。この蘊蓄は平易さに引きずられることなく、自らの経験、思いに結び付けながら丁寧に読むことにより深く納得され、実践に生かされることになると思っている。その実現を願って止まない。

加藤 源