福祉転用による建築・地域のリノベーション
成功事例で読みとく企画・設計・運営

はじめに 福祉転用のすすめ


1 幸せなまちとは

 われわれは、高齢化と人口減少社会に相応しい新たな発想を求め、計画研究者13名のチームを作り、2014年から2017年の4か年にわたってさまざまな地域を訪ね、そこでの福祉転用の取り組みとそこで活動する人びととの対話を重ねてきた。訪問先は日本にとどまらずスウェーデン・イギリス・オーストラリアなどの異なる歴史や文化を持つエリアも含まれている。そこから見えてきたことは、「幸せなまち」とは、「子どもが生まれ育ち、高齢者や障害者を含む多様な人々が安心して生活し、そこで築かれたライフスタイルや文化が住み継がれるまち」であるという当たり前の事実であった。
 本書はその当たり前の事実の再確認を常に念頭に置きながら、国内外の福祉転用事例の実態調査と考察からわかった福祉転用計画の企画・設計・運営のあり方をまとめたものである。

2 福祉転用による建築と地域のリノベーション

 戦後から一貫して建設されてきた建物の空き家が急増する一方で、高齢者支援に加え、障害者の地域移行、子育て支援などのための福祉施設の不足が進行している。このような状況の下、新築に比べて低コストで空き家・空きビルを福祉的なサービス・機能に活用する「福祉転用」が注目されている。地域内のデッドスペースを利用者が主体となって利活用することで、地域共生や地域福祉につなげている先進的な事例も生まれている。
 そのような成功事例では、多様な世代の交流が生まれ、働きながらの子育てが実現し、障害者や高齢者の仕事や役割ができるなど新たなライフスタイルや文化が生まれている。ここに人口減少社会に向けた新たなビジョンを垣間見ることができる。福祉転用による建築や地域のリノベーションが地域再生の重要な手法の一つであることは間違いない。

3 福祉転用をとりまく齟齬と障害

 しかし一方で、われわれの調査(3-2節 福祉転用の現状とニーズで詳述)からも明らかなように、自治体は福祉転用を評価しつつも、その普及に必ずしも積極的ではない。その背景には、建築行政は「一建物一用途」を前提に制度化されたため、転用前と転用後の間にさまざまな法律上のギャップが生じ、地域資源の利活用の障害になっていることがある。その結果、既存不適格や違法建築のまま転用する事例など「劣悪な転用」も多く発生し、社会問題になっている。
 これは「一定以上の改修等を行う場合、新築と同等の性能にすることを求めながら、一方でさまざまな適用除外規定を設けている」ため、結果として新築と同等といった過大な性能を求められない「適用除外規定の範囲内の小規模な改修」を誘導しているからに他ならない。それすら難しい場合は「建築ストックの活用」を諦めさせている。まさに新築だけを考えてきた建築行政の放置が地域資源活用の障害となっているのである。
 加えて、福祉施設には福祉行政上のさまざまな設置基準がある。この基準も郊外の比較的広い土地に新築していた時代のものだと言わざるを得ない。
 その結果、福祉転用にはさまざまな課題がある。たとえば、設置基準に合わせた諸室や寸法の確保が可能か、施設の必要面積と既存建物の増築限度、手摺り設置と既存建物で可能な通路有効幅の齟齬、地域で求められる福祉施設と用途地域制による用途制限の矛盾、複合用途となることによる防火区画、スプリンクラーの設置など、問題は枚挙に暇がない。
 また福祉制度と制度外事業、空き家所有者と事業者とのマッチングなど、福祉事業や不動産経営として解かなければならない問題も多岐にわたっている。

4 成功事例に見る「必然的な偶然」

 福祉転用の成功には、「必然的な偶然」がある。
 われわれの事例調査から、良い福祉転用は、運営者や利用者の強い意志と継続的な取り組みのなかに偶然の出会いが生まれ、それが成功に導いていることがわかった。
 2章に20の成功事例の「動機」や「経緯」をまとめており、そこからさまざまな成功ストーリーを読み取ることができる。障害者支援の候補地を探しているときに、児童館に通っている子の祖父から事務所兼倉庫の貸し出しの申し出があったケース、シェアハウス・シェアオフィス会社のあるビルの上階が開いたことで、そこに社員利用も含めたキッズルーム付きシェアオフィスを開設したケースなど、偶然の出会いが福祉転用事業を成立させている。固定化したプランがあったわけでもなく、コスト性能追求だけでもない、「利用者の生活経験にもとづくリアルな要求と生活の場づくり」という利用者の立場に立った協議調整によって事業展開が成立する「必然的な偶然」に注目しなければならない。解決策は一つでなく、地域のさまざまな事情やそれまで利用者の経緯に配慮しながら、相互調整していくプロセスが成功につながる。いわゆる福祉転用の相互調整のプラットフォームが成功の必要条件である。

5 福祉転用の企画・設計・運営

 福祉転用は、地域の実情に合わせて一つずつ丁寧にデザインしていくことが求められる。その方法は1章の10のステップで詳しく述べている。すなわち「プロセスを知る」「必要な福祉サービスを検討する」「制度を読み解く」「体制をつくる」「空き家・空きビルを探す」「既存建物の空間利用を想定する」「建物と立地の価値を活かす」「予算と改修手法を選択する」「利用者の特性に配慮する」「地域への波及効果を考える」である。これらは、従来の建築設計者の職能の範疇を大きく超えている。建てる技術だけでない、企画・設計・運営にわたる総合的な調整能力が求められている。
 だれもが、自分の住む地域が多様な人びとが安心して生活し、住み継がれる「幸せなまち」となることを望んでいる。その有効な事業の一つである福祉転用は、始まったばかりである。これからの半世紀の人口動向から見ても、この福祉転用事業が展開していくことは明らかで、そのための仕組みづくりはますます重要となる。本書が福祉転用を始めようとする事業者や建築に携わる専門家のみならず、地域の福祉にかかわる方、地域の再生にかかわる方、そして次世代を育成する立場にある方にも有用な手がかりとなれば望外の喜びである。