建築女子が聞く 住まいの金融と税制


はじめに


 この本を手にとっていただき、ありがとうございます。

 本書は、園田と馬場という大学で建築学や住居学を学び、その後、建築に関する仕事をしている二人の女性(書名では、女子≠名乗ってしまいましたが)が、「住まい」と「金融」や「税制」との関係について、斯界の専門家の、金融分野は大垣尚司先生(立命館大学教授)、税制分野は三木義一先生(青山学院大学教授)に、忌憚のない質問をぶつけ、それに応えてもらうという、丁々発止のやりとりを一冊の本にしたものです。

 ですから、いわゆる、住宅金融や住宅税制に関するハウ・ツー本ではありません。私たちの社会の枠組みでもある金融≠竍税≠フそもそもから説き起こし、「住まい」とそれらがどう関係しているかの現時点での到達点を確認しつつ、これからの「住まいや住環境」、ひいては、私たちの「社会」をどうすれば良いかを考えようという、かなり無謀ともいえる目論見の本です。つまり、未来志向の本です。

 本書で想定している主な読者層は、建築や住宅、不動産に関心のある学生や社会人ですが、住まいに関心のある人なら誰でも、「住まいと金融」「住まいと税制」の根本から学べます。「何人にも分かりやすいこと」は、本書の制作に携わったメンバー全員が一番に心掛けたことです。金融≠竍税≠ニいうと、苦手意識を持つ人が案外多いと思いますが、これらに関するリテラシー(読み書き能力)が格段に向上することは請け合います。

 本書の成り立ちや、聞き手・語り手、読み方等は次に述べますが、先を急ぐ方は、どうぞ本文に読み進めてください。面白い世界にお連れしましょう。

本書の成り立ち


 この本が誕生したのは、住宅に関することならなんでも研究している住総研という財団の研究運営委員会で、「近頃、『持家をもったら、幸せに暮らせました…』と、大団円にならないのではないか」という話が交わされたことがきっかけです。現代の日本社会は、家も家族も20世紀の時代とは様変わりし、住み手がだんだん年老いていくのと同じく、家もくたびれてきているような状況です。

 そこで、この問題の所在を解説し、どうしたら良いかを園田に語らせてみようということになりました。園田はその要請を受けたわけですが、こんな大きな問題を一人で引き受けることは、とても無理だと思いました。しかし、よくよく考えてみたら、強い味方がいることに気がついたのです。そこで、助っ人として登場したのが、大垣先生と三木先生です。

 実は、大垣、三木、園田の3名は、2006年に創設された一般社団法人移住・住みかえ支援機構の役員です。機構の基本は、50歳以上のシニアから持家を借上げ、若い子育て層等に転貸する機能を提供することですが、組織名称から分かるように、「みんなもっと住みかえたりして、自分たちの持家資産を活用しようよ」ということを目指しています。ボスは大垣先生ですが、この8年間、2カ月に1度の割合で、役員会と称して、住まいに関するあれこれを語りあってきたというか、激論を交わしてきた仲です。この機構の役員は(退任者も含めて)、他に、元建設省住宅局長、元大手企業重役、元大手ハウスメーカートップ営業マン等で、共通点は、住まいについて驚くほどの熱い情熱を持ちながら、皆、唯我独尊だということです。一人ずつにそれぞれの主張と、自らの専門性への自負があります。園田は住総研からの要請を受けて、これらのメンバーで、取り交わしてきた議論のエッセンスとアイディアを本にして広く世に問いたいと思いました。

   大垣先生は住宅金融のみならず金融そのもののスペシャリストで、「金融は住宅ローンに始まって、住宅ローンに終わる」と日頃から豪語されています。三木先生は、租税法の専門家で、民主党政権下の政府税制調査の専門委員を務められた方です。「家は人権の要」がモットーです。園田は、長年、高齢社会と住宅の関係について、建築学から切り込んできましたが、「福祉は住まいに始まり、住まいに終わる」という観点で仕事をしています。三者三様で、専門とする分野もまったく異なるのですが、奇しくも、三者の中心に「住宅」が要≠フように位置づいています。

 そして、最後に登場したのが、馬場未織さんです。園田が最初に馬場さんの存在を知ったのは、ダイアモンド・オンライン≠ナ、です。『週末は田舎暮らし〜ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記〜』のタイトルで、「うまいこと言うじゃないですけどね」が口癖のセールストークがいかにも怪しい不動産屋さん等を相手にしながら、秦野だ、房総だと、家族を引き連れて、田舎暮らしの家を探し回るシーンを目にしました。園田は、震災後、田舎暮らしをかなり真剣に考え始めていたことと、大垣さんから、川崎の家を売って房総に住み替え、何千坪ものバラ園をつくって夢を叶えたシニアの話等を聞いていたので、何とまあ、若い人もそんなことを始めているのかと思ったことと、何よりも、日本女子大学住居学科の出身で、設計事務所に勤務していたという経歴に驚きました。なんと同業者だったからです。

 この本をつくるにあたって、最も心配だったことは、大垣、三木、園田の3人だけでは、やや年を取りすぎているのでは、ということです。ヨボヨボだという意味ではなく、この三人の世代だと、20世紀の日本の経済的繁栄の恩恵をまだ受けており、就職氷河期だ、非正規だ、格差だという、今、現在の社会の実感がやや乏しいことを懸念しました。それと、これからの未来を考えると、高齢化への対処だけでなく、子育ても重要です。馬場さんは3人のお子さんのママでもあります。そこで、馬場さんに恐る恐るお声掛けをしたところ、「面白そうですね。やりましょう」と即答してもらいました。馬場さんには、ともすると暴走して、直ぐに専門用語で語り始める学者3人をなだめながら、「それは、どうしてですか?」あるいは「その意味が分かりません!」と鋭くつっこむ役割を担ってもらいました。

 こんな経緯で、この本は生まれました。

 

聞き手・語り手と本書の構成


 本書は、各章の最初に、問題提起が書いてあります。園田が担当しました。その後、質疑応答の形式で話が進んでいきますが、聞き手は、園田または馬場のいずれか、語り手は、第1部は大垣先生、第2部は三木先生です。各章の最後には、馬場さんの感想が述べられています。

 この4人のパーソナリティと、本書の構成を説明するには、音楽のジャム・セッションに喩えると分かりやすいように思います。

 聞き手と語り手を、ジャム・セッションのプログラム風に紹介すると、ドラム:園田眞理子(曲の始まりのきっかけと、リズム担当。しかし、時には、ドラムを打ち鳴らして走り出す)、ピアノ:馬場未織(優しく、美しいメロディを奏でて、曲調を整える)、サックス、トランペットあるいはリードギター:大垣尚司(常にアップテンポで音は高く、大きく。ドラムもピアノも追いつけないくらい、走る、走る)、ベース:三木義一(テンポを守り、低く穏やかな通奏低音を奏でる。しかし、ベースだって詠うことはある。一度詠いだせば低音ゆえに迫力満点)、といったところです。

 第1部の「住まいと金融」は、大垣、園田、馬場のトリオが担当しています。第1章から第4章までは、日本における住宅金融の歴史的な変遷を追うことによって、金融に関する基本的な理解が進むと思います。ゆっくりと穏やかに話が進みますので、じっくりと読んでみてください。第5章と第6章では、その前とは一転して、金利の自由化や、証券化によって、住宅金融の世界がどういうふうになったのかを、かなり激しく語りあっています。とくに、大垣先生の説明は、非常に論理的で明瞭なのですが、かなりアップテンポで、情報量が多いので、心して読んでください。第7章から第9章は、日本の超高齢化と格差社会の到来のなかで、私たちの住まいと住まい方に関する新たな可能性を、大垣先生から住宅金融の視点で熱く語ってもらっています。トリオのリズムとメロディも揃ってきて、フィナーレにいたるといった趣です。

 第2部の「住まいと税制」は、基本は、三木、園田、馬場のトリオの担当です。第1部に比べると、ベースを基調にした穏やかな展開ですが、ただし一章ずつの中身はかなり重いかもしれません。第1章は、「税金とは何か」のそもそも論です。第2章で住宅ローン減税に切り込んでいます。第3章は住宅取得に関係する税です。第4章の固定資産税と都市計画税に関しては、税法の専門家たる三木先生から、建築や都市分野に対して厳しい問いかけが込められています。ベースが詠っている部分です。第5章は譲渡損益、第6章は生前贈与、第7章は相続を扱っていますが、資産劣化、少子高齢化、格差問題等の現代の難題と、税や社会のあり方をトリオで熱く語りあっています。第8章と第9章ではこれからの税のあり方についての課題や展望を語り合っていますが、ここでは、文中に名前は出てきませんが、大垣先生も加わって、カルテットとして話し合いました。

 以上が、本書の構成です。各部、各章で、それぞれ独立しながらも、全体として一つの大きな音楽のように皆さんに届き、皆さんの住まいと金融および税に関する理解と関心が高まればと思います。

《未定稿》