〈情報アクセスブック〉の目的






「なにを調べればよいか」を身につける

 最近読んだ本の一節が私の目を引いた。そこにはこう書かれていた。

 「私がフィラデルフィアに住んでいた子供のころ、父はこう教えてくれた。エンサイクロペディア・ブリタニカの内容を暗記する必要はない。そこに書かれている内容を見つけだす方法を身つければいいんだ。」(リチャード・ワーグマン、松岡正剛訳『情報選択の時代』1992)

 これを私流に表現すると、次のようになる。

 「私たちは建築・都市・住宅・土木の分野の情報についてすべてを知る必要はないが、ニーズが生じたときに、なにを調べればわかる、手に入る、という方法を身につけることは大切なことである。」

 建築・都市・住宅・土木の分野は、いろいろな方面の情報を集めては加工し、応用し、わがものとするということで成り立つ分野である、というのが私の考えである。それならばこの分野の「情報捜し」についてのガイドブックがあってもよい、というのが〈情報アクセスブック〉執筆の目的である。

 情報を捜すための労力は少なく時間は短くもうひとつ。私たちは、あることのために、ほとんど毎日のように「情報を捜し集めるということ」をおこなっているが、それに費やす労力と時間は、なるべく短縮したほうがよいと、私は思っている。

 情報捜しに費やす時間が多すぎて、クリエイトに属する時間が少なくなるということは好ましいことではない(もっとも情報を捜す過程がクリエイトに役立つことは経験するところであるが)。

 「いかにしたら、なにを調べれば、どこに行けばわかるのか、また情報を捜し集めることに費やす時間を短縮できるのか」ということを私はかれこれ30数年あまりも考えてきた。

 なぜかというと、うち20年余りは、建設省建築研究所と(財)日本建築センターにおいて「人さまのために情報を集め整理し(加工し)提供する」ことを仕事とし、その後は自身のために情報捜しをおこなっているからである。

 つまり私にとって、相手の要求に答えて質を確保しつつ迅速な情報捜しができるということは、生活上の問題でもあったというわけだ。

 そのなかで、情報捜しにはある種のルールがあり、情報源といわれるものを整理して、それらを常時使える態勢を整えておけばかなりいけることに気が付いた。


情報とはなんだろう

 ところで情報とはなんだろう。その人(あるいは機関など)にとってなんらかの価値があ(現在は無いとしても将来価値が生じるであろうものも含む)「知らせ」であり、その中のある事柄が集められ咀嚼(そしゃく)されてインテリジェンス(知識)へと変換される。


立場によって異なる必要な情報

 これらは各人各様の立場によって異なるのが常だ。

 たとえば、建築の場合、設計者にとっての情報とは建築が建てられる敷地の社会的・空間的状況、発注者の特性、構造、資材、構法、設備、施工手順、工事費、法規などがあげられるが、営業や施工の担当者にとっては土質・地質・地盤、埋蔵文化財、技術、環境、積算、工事実績、地下埋物、工法、建設機械、施工関係法令、各種実績、年度別事業計画などの情報が必要となろう。

 これらは生産に関する情報といえるが、設計者にとってはインスピレーションや感性が求められ、これらも「情報」とみる見方もある。また設計者といってもオフィスビルと工場とでは具体的な必要情報は異なる。

 同じ建築分野にあっても研究者や学者たちが求める情報群は生産者のそれとではちがう。研究者や学者たちも分野によって求める情報はまたちがう。


外部情報と内部情報

 情報を活用しようという場合、外部に位置づけられる情報と内部から発生した情報とがある。企業でいえば、自社の設計施工作品情報、工事記録、経営上のデータ、自社刊行物、技術開発の過程と結果、経営者と社員が保持する情報が内部情報で、外部に存在する情報が外部情報である。そのような意味では〈情報アクセスブック〉が扱う「情報の捜しかた」の範囲は、比較的広い範囲を対象とし基礎的なところを押さえたもので、〈情報アクセスブック〉を土台に、さらに「○○のための情報探索」とか、「○○を活用した情報の探索」などの類書が生まれることを期待したい。


どこから情報を入手するのか

 次のようなものが考えられそうだ。

 代表的なものは文字を記録した文献(図書・雑誌・論文)だが、このほかに図面、試験データ、地図、絵画、写真、ビデオ、録音テープ、映画、テレビ、建築作品、土木施設、街並み、都市空間現象、遺跡、文書、メモ、カタログ、展示品、会話、などがある。

 情報を得る媒体としては、上記とも重複するが、会話(これを記録する機器として録音機などがある)、手紙、新聞、雑誌、図書、映像、生産資料(図面・カタログなどなど)、現象などなどがある。

 では、「情報を捜す・集める」に際して、私たちはどのような行動をとるのであろうか。


情報捜しのための行動

 1.街歩きや新旧の建造物の観察、あるいは社会現象一般から得る、2.人との会話・講習会などから得る、3.活字から得る、4.ラジオ、テレビ、ビデオなどから得る、5.機関(官公庁・学会・団体・図書館・情報センター・文化施設・研究機関など)から得る、6.関連ショップ(書店など)から得る、7.会議・イベント・委員会への参加などから得る、8.電子媒体(パソコン通信・データベースなど)から得る、などで、人間の五感をフルに働かせるべきものなのだ。

 目的によってはいろいろな組み合せにより情報は得られる。また情報を得るための文字どおりの近道である「情報源」というものも存在している。


“情報源”という存在

 たとえば、街歩きや新旧の建造物の観察のための情報源として、地図が、都市ガイド が、時刻表が、建築ガイド・土木施設ガイドがあり、人や機関を広範囲に捜そうと思え ば名簿・名鑑が、文献捜しには文献を捜すための本がある(これらをレファレンスブッ クとか二次資料、参考図書という)。近年はこれらに加えてデータベース群が情報捜しの 有力な武器として存在している。

 情報捜しは情報源といわれるものを活用することにある。次のようなものが情報源で ある。


“情報源”の種類

 (1)人、(2)機関(官公庁・学協会・研究機関など)、(3)情報機関(情報サービス機関・図 書館・文化施設など)、(4)情報を探すための本(レファレンスブック)、(6)視聴覚、(7)デー タベースなど。

 〈情報アクセスブック〉は主として、上記の(1)から(6)について「それらを探すためには どのようなものがあるか、どのようにすれば活用できるのか」について解説したもので ある。

 とくに情報を探すための本(レファレンスブック)やデータベースは、情報の存在や ありかを知るためのツール(道具)で、〈情報アクセスブック〉は、その辺りに中心を置 いて情報を集めるために活用すべき手段を具体的に解説するものである。

 しかし 〈情報アクセスブック〉を読めばすぐに求める情報が机に積まれるというもの ではない。〈情報アクセスブック〉が紹介する(1)から(6)の情報源を使い込むことによって 「わがもの」となるのである。

 いちどそれらを使えば長所、短所もわかり、それらの知識・経験の集積が、あるいは 自らデータベースをつくりあげることによって、情報捜し術は磨かれる。


情報活動の全体と〈情報アクセスブック〉の位置づけ

 そもそも、情報活動の総体の概念を示せば次のようなプロセスを持つ。(1)まず情報を 捜す目的は何かを知ること、(2)求める情報はどこに行けば、なにを見れば、どうすれば、 手に入るのかを知ること、(3)どのような方法と手段で捜すのか、集めるための計画を立 てること、(4)実際に情報を集め、(5)評価→整理→取捨選択→蓄積(データベース化)す ること、(6)実際に活用すること、である。

 〈情報アクセスブック〉は上記のうち、(2)に中心を置いて書かれている。しかし、(1)が 前提にあることは言うまでもない。また、(3)以後については〈情報アクセスブック〉は 触れていない。それらは別の機会に記したい。

 以上の、(1)についてもう少し触れてみよう。


私たちはなぜ情報を捜すのか

 なぜ情報を捜すのだろうか。私たちが情報を捜す・集めるという場合、(1)あらかじめ テーマが決まっていて捜す(おおまかな場合と細部にわたる場合とがあるだろう)、(2)情 報を捜しながらテーマを考えていく、(3)ばくぜんとしたテーマを考えて情報を集める、と いうケースなどが考えられる。あるいは情報捜しのなかでテーマが変わるということも 経験することである。いずれにせよ、ある種の問題意識を持つ、目的を持つことと情報 を捜すということとは密接な関係があることなのだが、上記のうちのいずれにも属さな い、たとえば「問題意識も目的もまるで無しという情報捜し」は成立しないものである。

 なんのために情報を捜すのか、という問題意識があってこそ情報捜しは始まる。他人 のために情報捜しをする場合は、相手はなんのために情報を捜そうとしているのか、を 知ることである。

 では、私たちはなんのために、なぜ情報を捜すのか。


情報捜しの局面と場面

 いろいろな局面と場面とが想定できる。

 1.生産活動のなかで、2.説明・折衝・交渉のために、3.ヒント・アイデア・着想を得 るために、4.レポート・論文・図書の執筆のために、5.講義のために、6.取材のために、 7.報告のために、8.日常的生活のなかで……などなどである。

 いっぽう情報を捜すそれぞれの立場としては、企画、営業、設計、施工、学術・教育、 行政、ライフワーク……などなどが考えられる。


容易に得られる情報源を相手にするばかりでなく

 これまで建設人の情報活動は日々の業務のなかで自然に得られる情報群をベースとし て、つまり容易に得られる情報で事足れり、としてきたようだ。「情報が自然に得られる」 ことの多くの最初は“人脈”“地縁”“学縁”などである。

 以前、ある大きな建築組織に属する建築部門の方々を対象に、情報利用のアンケート 調査をおこなったことがあった。「あなたはどこから必要な情報を入手しますか」という 質問に対して「人から」という回答がもっとも多かったことを記憶している。

 二番目は、図書や論文のなかに示されているところの引用文献を利用することが多いようである。ある講演会で学者が「私の文献調査法は論文のなかに引用される文献を次々 に集めることであった」と言われるのを聞いたことがある。が、人脈・地縁・学縁の活 用と引用文献だけに終始するのでは情報捜しはいささか寂しい。

 〈情報アクセスブック〉に述べるように、このほかにも情報を捜す「源」はいくらでも あるのである。


情報は発信しないと入ってこない

 より良い情報捜し・入手の最短距離は、レポート作成・発表・説明などを通じて、自 らが情報の発信者となることである。発信するためにデータ・情報を集めることが各種 情報源に通じ、情報リテラシーを持つことにも通じる。この世界においては「沈黙は金 なり」とはならないのである。


いま情報リテラシーの時代へ

 それぞれの時代を、社会を、生き抜くために欠かせない基礎的教養のことをリテラシー (literacy)というのだそうだ。

 そしていまは「情報リテラシーの時代」であるという。情報リテラシーとは、これま でのリテラシーに加えて、情報にアクセスできる探索能力・活用能力を持つことにほか ならないのだが、現在では教育の場などで教えられることが少なく(たとえば建築・都 市・住宅・土木教育の場で情報教育はきわめて少ない)、独学でマスターする、他人の行 動を見て盗む、人脈づくりで補う、あるいは上記のように文献に掲載された参考・引用 文献などを次々に追うというだけに終始してしまっている。

 〈情報アクセスブック〉は、建築・都市・住宅・土木の分野の情報捜しについて触れて いる。これらの四つの分野は相互に関連し合うものであるので、それぞれを対象とした が、建築に比べて土木は私の知見から詳しくない。その詳述は土木の方々に期待したい。

 最後にもうひとこと。

 私たちはすべてを知る必要はないが、ニーズが生じたときに調べればわかるという術 をわがものとしていることは心強いものである。

情報アクセスブックの使い方

情報アクセスブックの構成 

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