「まち歩き」をしかける
コミュニティ・ツーリズムの手ほどき

はじめに


 この本では、いま、北海道から沖縄まで全国の多くの都市で、コミュニティ・ツーリズムの決定版として試行されている「まち歩き」について、「まち歩き」を理解するための基本的な考え方から、実際に「まち歩き」をしかけて実施する場合の具体的な作法までを、まとめて書いてみようと思います。
 それは、あらたに「まち歩き」を導入しようと検討している多くの自治体(市区町村)や「まち」(地域、町内、コミュニティ)の人びとに、必ず理解しておいてもらいたいと思っていることです。また、せっかく「まち歩き」しかけたのにもかかわらず、期待通りの効果を得られずに失望している例も数多く見受けられます。それらになんとか改善の方策をとってもらいコミュニティ・ツーリズムの実を上げてもらうための手ほどきでもあります。
 失敗には原因があります。原因の多くは、しかける側が「まち歩き」の本質をよく理解していないことがあります。コースをつくって、地図を配って、ガイドを募集して、そのような一連の作業を業者に委託して、それだけでうまくいくはずはありません。
 それではどうすればよいのか、そのことをこの本で書いてみようと思います。
 しかも、どこまでもやさしく書いてみようと思います。

 そもそも「まち歩き」なぞ、まちを歩いて楽しむだけのことで、小難しい話は必要ないかもしれません。観光に出かけたら、誰でもごく自然に特別な意識もなくやっていることです。しかし、このことを、注意深く意図的にしかけたら、まちへの集客や市民意識の高揚など、期待以上の大きな効果があることがわかってきました。それが、コミュニティ・ツーリズムとして注目されている理由です。それも、一定の作法通りにやれば、それなりの効果が必ず現れます。そこで、その作法というものを、私の経験に基づいて書いてみることにしました。
 「まち歩き」は、特になにも意識しなくとも、簡単にできる行為です。だからこそ、形式だけを真似して簡単にしかけてしまいがちで、その結果、思うような効果が得られずに立ち往生してしまいます。そのような状態を、全国の自治体で私は多く見てきました。残念だと思っています。立ち往生していなくとも、もっとうまくやれるはずだと考えている人びとも多くおられるはずです。

 この本では、「まち歩き」事業のプロデューサーとして、十年以上にわたって私が体得したことを、包み隠さず書きます。大きな考え方から小さな手法に至るまで、本当にそう思っていることを丹念に書いていきます。文章上だけの修辞的な考えは、書かないつもりです。すでに「まち歩き」を実践されている方々には「自分たちのやり方とは違う」と思われるかもしれません。私のやり方を押し付けるつもりは毛頭ありませんが、それでも私が『長崎さるく博』や『大阪あそ歩』を通して得た「まち歩き」の発想と実践については、お話ししておいたほうがよいと考えました。
 「まち歩き」をコミュニティ・ツーリズムとして採用しようと考えている自治体の観光関係者や、都市経営の方向を探っておられるまちづくりの関係者、コミュニティに関心のあるすべてのみなさま、すでに「観光まち歩き」に携わっておられる民間組織の人びとやガイドさんたちに、お読みいただければ幸いです。

茶谷幸治
あらためて妻、通代に捧ぐ