観光振興と魅力あるまちづくり

地域ツーリズムの展望

はじめに

  このところ、観光振興の事例調査のため地方に出かける機会が多い。先般も、鹿児島県霧島市(人口12万7千人)の福山町にある、黒酢の壺畑を見学してきた。
  薩摩焼などの陶器の壺を、野天に無数に並べ、米麹と蒸し米と地下水のみで仕込む。南国の豊かな日差しのなかで、杜氏が壺の中の発酵・熟成具合を手際良く次々と点検していく。その様子は、まさに畑仕事に近い。黒酢の町・福山で200年以上にわたって受け継がれてきた伝統的製法である。ご案内頂いた坂元醸造鰍フ坂元昭宏社長は、「この製法で黒酢ができるのは、全国でも、ここ福山町だけです」と誇らしく説明された。
  この壺畑と、錦江湾越しに望む桜島の一体感を持った景観が、何より素晴らしい。現在は、同社が「くろず情報館・壺畑」を開設して、広く情報発信を行っているところだ。近年の健康ブームとも相俟って、見学者が増加中である。景観形成と絡めた、新たな視点の産業観光と言えるものである。
  このように全国には、持てる地域資源を十分に活用することで、活性化に成功した事例が少なからず存在する。それらは、地域の歴史や文化、伝統、景観等を大切に守り、育んできたところが多い。またそれが、地元住民の地域への愛着や誇りを醸成しており、個性溢れる魅力形成へとつながっている。そして多くの旅行者が、魅力に引かれて、その地域を訪れている。
  モノづくりを軸に国力を発展させてきた日本では、観光振興について真剣に考え、取り組んだ経験に乏しいまま現在に至っている。ところが、近年になって人口減少・高齢化が進展し、政府・自治体の財政難も深刻化してきた。特に、地域レベルでその格差が大きく、疲弊する自治体も出始めた。これらの地域を再生し、その活力を取り戻すためには、定住人口だけでなく旅行者等の交流人口を増加させることが不可欠である。そして、その決め手となるのが、地域にヒトを引き寄せる魅力の存在である。
  これまで日本の地域振興は、「国土の均衡ある発展」の名のもとに、あまりにも「集権的」であり「画一的」に過ぎた。これにより、かつては至るところで見られた地域色が失われ、持てる魅力も次第に色褪せてしまった。しかし今後は、固有の地域資源を存分に活用しつつ、地域の個性に裏打ちされた魅力を作り出していくことが何より重要となる。
  良質で優れた魅力が備われば、国内外を問わず旅行者は必ずやってくる。旅行者に、訪れてみたい、さらにはもう一度行ってみたいと思わせる魅力ある地域づくりこそが、観光振興の要諦であり本質である。この点で観光振興とは、地域の魅力を創出していくプロセスに他ならない。本書の主張は、まさにここにある。
  筆者が、観光研究に取り組んで、はや十年以上が過ぎた。もともと旅行好きだったこともあって、これまで数え切れないほど全国各地を訪ね歩いた。そして、観光振興のあり方や具体策について、地域の人たちと一緒に考え、議論を重ねる機会を作ってきた。その現段階における集大成が、本書である。
  また本書は、筆者が「日本経団連タイムス」に連載した「日本の観光振興を考える」(2004年11月から2005年4月)における議論をさらに深め、発展させたものである。執筆に当たっては、できるだけ幅広い視点から観光振興を捉え直すように努めた。また、各地の事例をふんだんに盛り込み、具体的かつ実践的な内容となるように心がけた。
  想定する読者は、観光研究者や学生はもちろんのこと、地域において観光振興や活性化事業等の地域づくりに取り組む人たちである。また、実際に観光ビジネスに携わる人たちである。さらには、観光や地域に広く興味や関心を持つ人たちにも、是非読んで頂ければと願っている。本書が、わが国の観光振興や魅力ある地域づくりに、少しでも貢献できれば幸いである。
  本書は、全体を4部で構成している。第1部の「外国人が訪れない国・日本」では、わが国の観光振興の現状と背景、集客力などについて分析を行った。第2部は「訪れたくなる国、地域とは」として、観光振興における魅力の重要性について論じた。なかでも第6章「地域ツーリズムの構築に向けて」は、本書の肝とも言うべき新しい旅行形態「着地型観光」と「地域ツーリズム」について検討している。地域の魅力づくりに直結した着地型の「地域ツーリズム」が、今後のわが国の観光に果たす役割は大きい。第3部の「魅力を生かした地域ツーリズム振興」では、温泉、ロケ誘致、産業観光、グリーン・ツーリズムなど11の分野を取り上げた。そして、分野ごとに各地の新しい観光への取り組み事例と、その動向を分析している。ここでは、全国各地で着地型の「地域ツーリズム」の芽が、着々と育ちつつあることを実感されるだろう。第4部は、「観光振興の課題」として、今後、観光振興を進めていくうえで、改善や対応が求められる課題について整理した。 また、観光に関連する幾つかのトピックスを、コラムとして掲載した。本文を補うものとして参照して頂ければ、理解が深まるだろう。
  なお、観光振興と密接に関係する交通問題は、今回、紙幅の関係もあって取り上げなかった。筆者の主要な研究テーマの一つでもあり、別の機会に論じてみたいと思う。

                                          2008年1月
                                             佐々木一成