本書は2000年12月に発刊した拙著『都市と路面公共交通』の日本版である。拙著企画当初はドイツ、フランス、イギリス、米国に日本を加えた「5ヵ国の都市と路面公共交通」で発刊する予定であったが、当時、わが国の路面公共交通の置かれた状況とページ数の関係から日本を除く、路面公共交通施策の先進4ヵ国でとりまとめた経緯がある。
2000年12月以降、わが国の路面公共交通を取り巻く環境は、バブル崩壊から続いた社会経済の構造改革が進み、デフレから脱却し、緩やかな経済成長期に入った。しかし、社会経済の基礎的部分では、人口の減少と急速な少子化・高齢化及び高度経済成長を支えた団塊世代の第一線からのリタイアによる技術の継承問題や労働人口の減少、地球環境問題への対応、国や地方財政の悪化と再建への取組、分権化に伴う国と地方の軋轢や道州制への移行など、さまざまな課題を抱えている。
都市は拡大を続けた結果、低密度な市街地が拡がった状況下で人口減少社会に入った。これからの都市のありかたについては、社会資本整備審議会都市交通・市街地整備小委員会の中間とりまとめ(2006年7月)で、拡散型都市から集約型都市構造への転換と実現のための戦略的取組、これからの都市交通施設や市街地整備のあり方等が示された。また、都市内の軌道系公共交通は、モータリゼーションを支えに拡散型の市街地になったため、地方都市の多くの交通事業は、独立採算性が実質的に崩壊し、事業会社の内部補助か地方自治体の支援がないと事業継続が困難な状況に陥っている。
こうしたなかで、路面公共交通機関は2000年時点で、先進4ヵ国に比べて、後塵を拝していたが、路面電車に関しては、1997年度に「路面電車走行空間改築事業」が、2001年度には低床車両への補助制度(低床式路面電車総合整備事業)がそれぞれ創設された。また、バスに関しても1997年度に「オムニバスタウン整備総合対策事業」が創設された。さらに、LRTについては、2005年度に「LRT総合整備事業」が創設され、国の支援策が出揃った。そして、LRTは、2006年4月29日にわが国で初めて、鉄道路線を路面電車化した富山ライトレール富山港線が開業した。また、バスについては、連接バスを用いた新たなバスシステム・ツインライナーが神奈川県湘南台駅から慶応大学間で営業を開始した。これはBRTと呼ばれる新たなバスシステムに成り得る試みである。
現在、国や地方自治体の多くは、都市構造を拡散型から集約型に変えていこうとする政策転換の中にあるが、歩行者空間と路面電車・LRT、バス等の路面公共交通の整備は、集約型都市を実現するうえで、必要不可欠な都市の装置として期待されている。そのため、富山ライトレールの開業の意義は、集約型都市実現のための実験の第一歩ともいえる。つまり、富山ライトレールの開業とこれに続く、市内線の環状化や富山駅南北を結節する計画は、中心市街地の定住人口回帰、都心に賑わいをもたらしてこそ事業評価がなされるものであるが、その成否には長期の時間を要し、地道な取組みが必要となる。
本書では、第1章で戦後から今日までの都市と交通に関する施策を概観したのち、第2章では、政令指定都市から地方都市まで9都市の、都市と交通や路面公共交通に関する政策や具体の取組み等を紹介する。第3章は、全国各地で実施されてきた路面公共交通に関する施策の事例集とした。
西村 幸格
2006年12月 |