本書が刊行されることとなった契機は、2004年2月に横浜で開催されたフォーラム「地域再生の実践−コンバージョン、SOHOをツールとして」(横濱まちづくり倶楽部主催)である。そのフォーラムでは千代田区SOHOまちづくり構想関係者と船場デジタルタウン構想関係者さらに横浜関内地区コンバージョン研究会関係者が集まり、コンバージョンとSOHOをツールとした地域再生をテーマに議論した。本書はこのフォーラムに参加した人々を中心に原稿の執筆を依頼し、刊行したものである。
本書の構成は大きく2部構成となっている。1〜3章では、コンバージョンとSOHOをツールとした地域再生を先駆的に実践している千代田区SOHOまちづくり構想と船場デジタルタウン構想にもとづく地域づくりをまとめている。千代田区SOHOまちづくり構想は東京の都心部である千代田区神田・秋葉原地区を中心にした構想であり、船場デジタルタウン構想は大阪の都心部である船場地区を中心とした構想である。
二つの地区の歴史から始まり、地区の特性などを紹介した後、それぞれの地区の構想の内容を示している。さらに、その構想に基づいて建物のコンバージョンを実施し、コンバージョンした建物を利用してSOHOを運営している事例を多数紹介している。
また4章では、千代田区SOHOまちづくり構想関係者と船場デジタルタウン構想関係者のなかで、コンバージョンやSOHOについて実践を通して理論的展開を行っている研究者や実務家にそれぞれの専門分野について執筆いただいている。千代田区SOHOまちづくり構想と船場デジタルタウン構想は、どちらかというと建物単位、あるいはフロアー単位でコンバージョンなどを考え、それら建物間のネットワークがシステムとして動くことによって地域再生が実現する筋道を考えている。それに対して横浜関内地区コンバージョン研究会関係者からは、建物のコンバージョンを建物の内部にとどめず、都市空間、街路空間への影響を発揮できるものとして捉えなおして、それを地域再生に活かしてゆく考えが示されている。
さらに具体的に述べると、千代田区SOHOまちづくり構想と船場デジタルタウン構想については、2〜3章の1、2、3節は地域の現状、まちづくり構想、具体的事例と整理されて記述されている。しかし4節についてはそれぞれの構想実現を担ってきた当事者に登場いただき、ヒアリングや具体的な執筆を通して地域再生の実際を生き生きと伝えていただいている。
千代田区SOHOまちづくり構想については、構想の実現を支えてきた千代田区街づくり推進公社(現在の(財)まちみらい千代田)の関係者が、コンバージョンを実現し、SOHOを運営している事業関係者へのヒアリングを行った。一方船場デジタルタウン構想については、時間的にも千代田区まちづくり構想よりも蓄積をつんでおり、構想が地域に与えてきた影響が実質的に地域を変え、再生の糸口をつかみ始めており、構想を中心にいわば地域プラットフォームが形成され始めている。そこで構想実現を支えてきた関係者による船場地区全体の変化を中心に執筆いただいている。
4章はSOHOやコンバージョンについて実践を通して理論的展開を行っている研究者や実務家に執筆いただいている。執筆者の分野は経済学者、IT関係研究者、金融関係者、建築家など多様である。
経済学者の「IT産業と地域再生」では、地域再生への対応として21世紀型の都市型新産業の創造が重要であり、IT産業がその基盤となることを指摘している。とくにIT産業は都心、都心周辺部の立地に最適であり、本書で対象としている都心・都心周辺部の既成市街地の地域再生にとって、SOHOが具体的ツールとして効果が高いとしている。
e−コミュニテイ・プラットフォームの構築を実践している研究者の「SOHOによるまちづくりとeネットワーク化」では、「行政が関わることなく市民にとって価値ある準公共空間を地域に創出しその場を継続する底力を個人のSOHOが持っていることを明らかにし」、地域のトリガーとして今後「SOHOによるまちづくり」の多様なモデルが提案されることを期待しているとしている。
また金融の実務家の「地域経済再生からみたSOHOコンバージョン」では、地域経済再生の鍵を握るものとしてSOHOを運営する家守(やもり)の役割と事業としての成立可能性を考察している。とくに家守ファンドという新たな発想の地域ファンドの立ち上げとその実践について語られ、家守のビジネスモデル化についても言及している。
また建築家の「コンバージョンの建築的可能性と地域再生」では、建物のコンバージョンを建物の内部にとどめず、コンバージョンを評価する新たな評価軸を設定して、都市空間、街路空間への影響を発揮できるものとしてコンバージョンを捉えなおして経済的再生に限定されがちな地域再生に新しい視点を加えている。
本書は多くの関係者の協力により実現したものである。特に千代田区SOHOまちづくり構想と船場デジタルタウン構想に長期間にわたり関係し、その構想の実現に関わった多くの方の協力がなければ実現しなかったものである。深く感謝の意を表したい。また私が所属している横浜国立大学大学院工学研究院建築学コースの都市計画研究室の大学院生の本書の実現への協力にも感謝したい。とくに板野康治、岡崎史晴(現イリノイ工科大学)、志村昭徳の諸君にはお世話になった。また直接的に本書の実現の契機となったシンポジウムに協力いただいた横浜まちづくり倶楽部の関係者にも感謝したい。
さらにいつもながら厳しくもあり、暖かくもある対応をいただいた学芸出版社の前田裕資氏、またこまごまとしたチェックをいただいた越智和子さんには出版に当たって大変お世話になったことを改めて感謝する。
小林重敬
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