日本人は文化財というと、 大体みんな「宝物」で、 宝物だから触っちゃいけないと思っています。 また、 文化財というと、 大体の人が頭に思い浮かべるイメージは京都や奈良のお寺です。 だから人々の生活にとって文化財がどういうものかというと、 年に1回ぐらい見学に行き、 見せてもらうというイメージです。 今までの文化財保護法はそのイメージで組み立てられていました。
日本人の頭の中では重要文化財の上に国宝があって、 国宝の上に世界遺産があるわけですが、 これは根本的に直さなければいけません。 世界では何をやっているかというと、 宝物的なものも保存しているのですが、 むしろ身近な生活の中で、 歴史的なものとか文化的なものをリストアップし、 そういうものを広く認めて、 みんなで知恵を出し合いながら、 自分たちの生活なり、 日々の生活に関わる身近なものとして、 どうやって継承しようかということを考えているわけです。
日本の場合は宝物として見ているわけですから、 文化財というと「滅多にないもの」です。 地図を探していっぱいページを開いて、 ようやく出てくるものです。 ところがヨーロッパとかアメリカに行きますと、 地図を開くとそこら中に文化財がプロットされています。 それぐらいの違いがあるわけです。 そこで日本でもアメリカやヨーロッパでやっているような、 幅広く身近なものを文化財として扱う、 そういう制度を作ろうということで導入したのが文化財登録制度です。
制度ができたきっかけとしては、 都市構造の一極集中化がどんどん進んできたとか、 高層マンションが造られるとか、 そういうことがどんどん進んで、 近代建築とか、 近代の土木構造物がどんどん壊されてきたということがありす。
日本建築学会が昭和55年に出した『新版 日本近代建築総覧』という本がありますが、 東京都でいうと、 それに載っていたものの7割近くが、 もう壊されてしまっています。 北海道でも3割ぐらい壊れているという状況があります。 土木の方でも戦前に作られている橋などが、 どんどんなくなってきており、 最近になって土木学会が近代土木遺産の調査を始めました。
それからもう一つは、 各地で市民団体や、 建築学会の人たちなどから、 リストアップされたものの保存を求める動きが出てきたということです。 それに応え文化庁でも色々な調査をしてきたわけですが、 そういったリストを利用して、 アメリカやヨーロッパでやっているように、 身近なものを文化財として扱える制度を作ろうということで、 始めて出来上がったのが登録という制度です。
このような背景で登録制度が出来ましたので、 「登録されるのは、 近代の建築とか、 洋風建築だけですか」という質問をよく受けるのですが、 決してそうではありません。 法律を作る時には、 あるものを緊急に守らなければならないという目的がまずあって、 それに対してアクションをおこすという側面が必ずあります。 このため登録文化財制度では主な狙いが近代のものとなっていますが、 登録すべき物件は、 それ以外のものもたくさんあります。
昭和50年頃とか、 昭和40年頃に、 この制度が出来ていれば、 おそらく農村部の民家が一番の対象になったとという気が致します。
この制度は町にある歴史的・文化的なものを拾っていこうという考え方ですから、 町によっては近代のものである町もあるでしょうし、 ある町に行けば江戸時代のものであるケースがあるでしょう。 それは様々だと思います。 むしろそれぞれの町で、 それぞれの町の歴史なり文化のベースになっているものを探して登録文化財を登録していくという考え方をしていただければ、 と考えております。
日本では文化財は行政が守ってくれると思っている人がたくさんいるわけです。 文化財登録制度が導入された時に、 各地で保存運動をやっている方々の声として、 「この制度では守ってくれないのか」「がっかりした」という声をだいぶ聞きました。 近代のものを国の強権的な権力で保存できる、 そういう制度だと思っていた人がいたわけです。 それは大きな間違いです。
大量のものを守る、 自分たちの生活の中で継承していく、 地域づくりの中で継承していくとなったときには、 その継承の主体はあくまで所有者をはじめとするそれに関わる人たちです。 行政は、 それをやりやすい環境を整える、 そういった程度の役割を果たすべきだと思います。
ところで文化財保護法には「保存」と「活用」という言葉が出てきますが、 文化財保護法に書いてある活用は公開だけで、 「公開」とは、 実は博物館で陳列して公開するということです。 従って、 宝物をガラスケースに入れて見せるということですが、 その点建造物には著しくあわないものがあります。
建物そのものを資料館にしている場合もありますが、 住宅を守っていこうと思ったら、 住宅として利用し続けることが一番確かですし、 建造物は必ず何らかの機能を持っているわけです。 そういう点でいうと、 活用というよりはむしろ利用という言葉の方がピタッとするわけです。 つまり、 建造物の場合は、 利用し続けることが文化財の活用なんです。 こういうイメージが国民の間に定着しないと、 この登録制度は上手くいかないと思います。
例えば、 姫路城や法隆寺はそのまま重要文化財や国宝としてある必要があるわけです。 そこで多少荒っぽい論理になりますけれども、 私はこう考えるのが一番わかりやすいと思います。 まず文化財が第一にあるというのが今までの重要文化財や国宝などの指定文化財の考え方で、 登録文化財は、 逆に建造物としての利用が先にあり、 文化財は付加価値的なものだと考えるのがわかりやすいんじゃないかと思います。
つまり住宅なら住宅としての利用をするというのを優先させる。 それに文化財としての付加価値を考えるというので良いんじゃないかと思います。
それから、 先程行政の役割は環境を整備することと言いましたが、 この保存しやすい環境をどう整えるかというときに、 「金をくれれば良い」という意見もひとつにはあるでしょうが、 それは行政として環境を整えるということではないと思います。
日本という国では、 文化財があるとかないとかにかかわらず、 特に家なんかそうなんですが、 長く持っているものを捨てて、 新しく買い換えたり、 建て替えることに大変有利なように、 補助金や税制や融資、 あるいは都市計画も含めて、 諸々のルールがそういう方向に向いているわけです。 従って保存を目指す行政が、 少なくとも登録文化財として登録されたものについては、 そういう事による不利益を被らないようにする、 というのが私の考え方です。 決して有利にする必要はないと思いますが、 少なくともまわりからの圧力、 例えば相続税で保存が困難とか、 そういったことがないように努力するのが行政の仕事だと思います。
ただ、 格好良いことはいっても今の登録制度がそこまでいっているかというと、 中々そうではないところもあります。 これは実は大変困難なことで、 今後の課題だと思います。
とは言っても、 何でもやるという事は言えませんので、 一応登録のための基準を設けてあります。 これは文化庁が出しております文化財登録制度のパンフレットに出ていますが、 かなり広くとれるような基準を作ってあるつもりです。 基準だけだとわかりにくいので、 愛称で親しまれているとか、 歌に出てくるとか、 こういうものに当てはまる場合に登録の対象になるということを示しています。
これだけではわかりにくいというケースがかなりあろうかと思いますが、 日本建築学会の「新版 日本近代建築総覧(以下日本近代建築総覧)」に載っているような建物は、 だいたい登録基準に示されていることを柱にして選ばれていますので、 当然基準を満たしているだろうと考えております。
ただ基準を満たしていればすぐ登録になるかというと、 そうでない場合もあります。 地域によって文化財の特性というのは違ってくるわけです。 それからまちづくりとか生活基盤なんかをどう残していくかという時に、 今の行政のシステムの中では、 地方公共団体との関わりが非常に大きくなっています。 ですから、 地方公共団体の意見を無視して登録文化財にしても、 上手くいくということはまずあり得ませんので、 地方公共団体の意見を聞いてから登録することにしています。
言い換えれば、 日本近代建築総覧にリストアップされているような物件については、 地方公共団体が支承がないということであれば、 登録を進めようということになります。 また文化庁として把握してないものについては、 地方公共団体の教育委員会からの推薦を基本的に重視しながら登録を進めています。
このような言い方をすると、 数を減らそうとしているように思われるかも知れませんが、 そういうことではなく、 例えばある町に行ったら、 昭和初期に建った文化住宅が文化財になる地域もあれば、 別の所ではそういうものはいっぱいあって、 もっと違う形のものが文化財として評価されるべき場合もあるわけです。 地方公共団体に文化財に登録されたものの保存や活用に協力していただくために、 地方公共団体の人の意見を聞くということも重要な事のように思われます。
それからもう一つ、 地方公共団体が指定して文化財にしようというものを、 登録文化財にするというのは趣旨が違いますので、 そういったものは登録文化財としては扱えません。 そのあたりの調整もあるわけです。
写真1は登録になった大阪のオフィスビルの一つです。 ただ、 こういう近代建築だけが登録になるわけではありません。
写真2は同じような建物で山梨県のものです。 こういうものだけでなくて、 伝統的な民家も登録になっておりますし、 土蔵等も登録されています。 従って洋風建築とか近代建築だけに限られているということはありませんので、 この機会に知っておいていただければと思います。
建築以外にも土木構造物が登録の対象になります。 土木構造物にはどんなものがあるかといいますと、 ダムや橋、 それからトンネル等です。 ちょっと目立たないところで言いますと、 水路とか土留めの法面にある構造物なども土木構造物の一つになります(写真3)。 こういったもので歴史的なもの、 あるいは登録の基準を満たすようなものが登録されております。 あるいは水門のようなものも登録の対象になっております。
その他の工作物では、 煙突とか塀も登録の対象となります(写真4)。
まだ例はありませんが、 機械でも地上に設置されているものは登録することは可能です。 電車とか自動車といった動くものは建造物とは言えないので、 土地に定着している物だけが対象です。 本当は近代の物で電車とか機関車なども登録すべきだという声がありますが、 それはまた我々の文化財保護部の中でも分野が違う美術工芸品など動産文化財を扱う課が扱います。 我々建造物課はそういう意味で言うと不動産、 動かない文化財を扱うわけです。 クレーンなどは上方は動きますが下は動かないということで、 これはこちらで扱う対象となります(写真5)。
それから例えばサイロもその他の工作物の代表的な物であります(写真6)。
次に利用とが活用とかいう話しですが、 例えば登録された小岩井農場の施設は、 実際牛がいて使っているから魅力があるわけです。 こういった現役の施設は登録の一番典型的な例となります(写真7)。
こういう施設では、 利用し続ける為には、 補強のために柱を建てたり、 コンクリートで床面を整備するなど、 どんどん手を入れなければならないのですが、 この施設から牛が出ていって建物だけを展示して面白いかというと、 やっぱり牛がいて使っている状態の方が建物としての魅力があるわけです。 こういったものが登録文化財の利用を考えていく時の典型的な例になるのではないでしょうか。
それからもう一つの観点として構造補強とか安全性の問題があります。 写真8は登録になった例で豊稔池ダムという香川県の農業用用水のダムです。 実は昔は非常に美しかったのですが、 現在の安全基準を当てはめますととてももたないということで、 分厚いコンクリートで巻く補強をしております。 その結果巻いた面は美しい姿は失われてしまいました。 保存という観点からいうと非常に残念な事なのですが、 農業用水としての一定の機能を保持していこうと思うとせざるをえないわけです。 この例では逆側から見た表側半分は大半保存できています。 新しいダムに作り替えてしまうことから見れば、 こうやって残す方がずっといいと思います。
安全基準がしばしば変わるものは、 補強しなければならなくなるかもしれませんから、 こういったものは永遠的な保存を目標にしているような今までの文化財指定には馴染みません。 こういうものには登録制度は実に非常に有効な役割を果たすという例であると思います。
写真9は舞鶴の倉庫群です。 例えばこういう煉瓦で作った倉は各地に結構たくさんあります。 何棟もあるときには誰もこれを文化財とは見ていないわけです。 ところが、 それが、 倉の間でコンサートをやっていたり、 人が集まる場所になると、 すごく魅力あるスペースに見えてくるわけです。 そのことにより皆さんがこの建物に親しみを持ってくれて、 その結果文化財として認められる。 そういう意味ではなにも煉瓦の蔵でなくても(今では煉瓦の蔵は珍しくなりましたから適切な例ではありませんが)、 なにげない建物でもみんなが使っていくことによって文化財としての魅力が出て来ます。
皆さんから保存運動は敗北の歴史だとかということを僕らは聞かされるんですけれども、 そうじゃ無くて、 建物のまわりでわいわいいろいろ楽しくやっていることが決して無駄にならず、 保存出来る例というのが結構たくさんあるのではないかと思います。
こういった利用の方法も、 登録文化財を作っていく一つの大きな力になるのではないかと思っております。
ドイツの例で説明しますと(ドイツにたまたま行って来て、 たいしてドイツに詳しいわけではありませんが)、 ここにハーフティンバーの家がざーっと並んでいますが、 こういうのは向こうではみんな登録文化財になっています(写真10)。 こういった物がかなりたくさんある町は、 日本でいう伝統的建造物群保存地区の形になって保護されて継承されています。 どういう継承のされ方をしているかと言いますと、 内装は、 床を替えて壁も間仕切りも新しく作り、 現代風に改修して、 外観を残しながら住んでおります(写真11)。
この家なんかは大胆にガラスの箱をつけて店舗として利用しています。 これも登録文化財になっています(写真12)。 こういった物は利用を優先させて文化財をプラスαでやっている非常に良い例であるかと思います。
こういうやり方は好き嫌いがあるかと思いますし、 これが上手いか下手か、 良い保存か悪い保存かということは常にあると思いますが、 そういう点で良い保存を法律で規制してやるものかどうかというところを、 一度考えてもらいたいと思います。 登録文化財はそういう意味では最低限の所を規制するだけの話で、 その上で良い保存をするかどうかは、 むしろ保存した個人なり建築家が顕彰されるべきものだということです。 法律で決める物ではないと思います。 日本人はそれを法律でやれということを念頭におきがちなので、 その辺りの認識を変えてもらえると、 登録文化財制度というのは非常に分かりやすいのではないかと思います。
例えば城壁などもどうやって利用しているか見てみますと、 ガラスの箱をのせて新しい図書館の裏側の壁としてつないでいます。 古い城壁など、 使わなくて良いような物まで使っているというのがドイツの状況です(写真13)。
また、 地中からでてきた遺跡も、 わざわざ子供の遊び場にしています。 ここで遊んでいる子供達はこれが文化財と思っているわけではなく、 むしろ逆にここで遊んだ子供達が将来大きくなってこれが文化財だと知れば、 文化財に親しみを持ってくれるということです(写真14)。
ところで先程法隆寺や姫路城はなくなるわけではないと言いましたが、 実はヨーロッパでも利用を伴った保存のみをしているわけではなく、 王宮の宮殿みたいな建物はきちんと保存しております。 ここは内装を全くいじっていません。 これは日本の重要文化財や国宝の保存の仕方と一緒です(写真15)。 つまりドイツでは物によってグレードをつけてやっているのです。 こういうことが上手くいくのは、 利用する側からみると、 利用を優先せずにきちんと継承した方が良いものが何かということが見えてくるからではないかと思います。
写真16のオペラハウスなども重要文化財級の建物です。 これがどういうふうに使われているかといいますと、 年間一週間ぐらいのフェスティバルの時にオープンし、 前の広場を利用して徹夜でイベントをやっています。 時期を限って前の広場を使うぶんには文化財の本体には影響ないわけです。
日本の重要文化財も工夫をすれば、 文化財を前面に押し出しつつ利用を+αし、 上手に生き生きと使うことが出来ないわけじゃない。 重要文化財だから活用することが出来ないのではなく、 やれば上手く行くことを理解してもらいたいと思います。
最後の例ですが、 写真17は北陸のある地方の民家です。 素晴らしい吹き抜けの空間があって、 たいていの場合はこの素晴らしい建物を保存して公開してみせているだけになってしまいます。 こういうところで年に数回程度子供を集めてお年寄りに話をしてもらうとか、 仮設のつい立てに絵をかけて展覧会をすれば良いわけです。
重要文化財の場合には重要文化財にあった利用方法をこれからみんなで知恵を出して考えることが重要です。 そういった点で登録と重要文化財というのは常に車の両輪のような物で、 登録があったら登録だけでやればいいというのではありません。 両方があって始めて豊かな歴史とか文化が継承できるということが分かっていただければと思います。
文化財登録制度について(要約)
文化庁文化財保護部建造物課 後藤 治
1 文化財登録制度設立の背景
2 登録文化財制度の考え方
3 重要文化財との関わり
4 登録文化財の手続き
5 登録文化財における利用と活用
6 ヨーロッパにおける
文化財利用について
このページへのご意見は前田裕資へ
(C) 文京の歴史・文化研究会