都市に自然をとりもどす

市民参加ですすめる環境再生まちづくり



 高度経済成長が終わった今、日本人はものの豊かさよりも、心の豊かさを求めるようになったと言われる。自然に親しみ、人と触れあうことで、心の豊かさを充たそうとする人々が増えている。身近な場所で自然に親しみ、町や村の歴史文化に触れたいと願う人々は、全国各地でその輪を広げ、暮らしの環境を変えようという取り組みを始めている。なかでも、地域の自然を守り育てる活動は、今やまちづくり・むらづくりの中心的課題となってきた。

 一方、地球規模の危機が叫ばれる中で、高い環境意識をもつ市民の活動が活発になっている。従来のライフスタイルを見直し、国土開発やまちづくりに疑問をもつ人々は、各地で活動の輪を広げながら、熱心に学びつつ、具体的な活動を始めている。リサイクル活動を続け、環境家計簿をつけ、地域の環境保護活動に参加し始めている人々が全国各地で確実に増えてきた。

 心の豊かさを求める人々と環境意識の高い人々との間には、具体的な活動をおこそうとしているさらに多数の人々がいる。この人たちが、身近な場所で始められる、実践的な環境活動の一つとして、都市に自然を取り戻そうというまちづくり活動を、この本では取り上げた。活動の場は、公害地域(注1)として名高い大阪市西淀川区である。

合同製鐵  西淀川は公害の町である。しかし、大都市大阪の周辺部として、日本のどこにでもある住工混在地域でもある。戦後の都市開発は、急速な工業化で公害を生んだだけではない。急速なスプロールが、至る所で生活環境を破壊してきた。地域社会に及ぼした影響は深刻である。この意味で、西淀川に自然を取り戻そうという我々の取り組みは、日本の大都市周辺部どこにでも共通する普通のまちづくりの取り組みでもある。

 この活動では、一般の市民が参加しやすく、地域に暮らす住民がすぐ始められる活動をめざした。住工混合地域にわずかに残る小さな自然、特に身近な生き物に注目し、人と自然環境との関わりについて考えた。

 その過程で、本書の内容である「自然に尋ねる、人に聞く」活動にいきついた。この活動は、取り戻すべき自然環境に対して、様々に異なる住民の思い入れを尋ねながら、街角で元気になろうとする小さな自然に気づき、手をさしのべる。子供の頃を思い出すことで、大人が子供や孫とともにできる自然とのつきあいを探るものである。これは、どこの町でもすぐ始められる。公共事業によって環境復元をめざすだけでなく、住民自らの手で自然を取り戻そうという草の根の活動である。

 全国の公害地域では、産業公害跡地を環境学習の拠点、エコ産業やリサイクルセンターに再生する試みが始まっている。それと比べ西淀川の取り組みは地味に見えるだろう。西淀川の公害訴訟のスローガン「手渡したいのは青い空」は、今、財団法人公害地域再生センター(あおぞら財団)の愛称になっている。和解が成立しても、すぐ青い空が戻るわけではない。青空を西淀川に、という患者たちの気持ちを受けて、あおぞら財団は、次世代のために青空を地域の力で取り戻そうとするまちづくりに取り組んでいる。自らも地域の住民である公害患者が、地域住民全員と次世代の住民に、手渡す青空に添える「都市の中の小さな自然」を取り戻したいのである。

 よく言われるように、まちづくり運動の起源の一つは公害反対の住民運動にある。行政や民間の開発業社が進めた開発に反対する住民運動は数多い。生活防衛から始まった運動に引き続き、各地の自然環境や町並みの保存を求める住民・市民の運動も盛んになってきた。その一方で、地域社会の自立をめざす自治会単位のコミュニティ運動も各地で展開している。急速に変化する生活環境を守るだけでなく、非物的な社会的環境、人と人とのつながりを大切にする健全な地域社会の再生を目的とした運動である。まちづくり協議会や社会福祉協議会などの活動は、永続的であり、また日常的な活動でもある。今、まちづくりは多様に展開している。

まとめ会  各地の様々なまちづくり活動の実践から、今回の活動も多くのことを学んでいる。西淀川の歴史ある運動は新たなステージ、次の段階に進もうとしている。公害訴訟の和解(注2)によって、あおぞら財団が設立され(注3)、対立は対話に替わりつつある。さらに、協働化の動きも始まっている。まちづくりは、理念の世界から現実の実践の場に中心が移り、その流れはすでに各地で大きく広がっている。本書で紹介する活動内容は、この大きな流れの中に位置づけられる新しいまちづくりである。

 本来、公害で疲弊した地域の再生という壮大な事業は、市民の力のみで実現し得るものではない。公害をもたらした地域政策や企業活動のあり方への真摯な反省を踏まえて、行政・企業と市民との役割分担と協働化によって進めていくものである。

 ここで紹介する我々の取り組みは、ほんの第一歩にすぎない。しかし、敢えてこの成果を出版した理由は、市民といっしょに、都市に自然を取り戻す活動が、将来全国のまちづくり活動として広がってほしいと願うからである(注4)。

 本書は、四つの章からなっている。第1章から第3章では、西淀川で行った三つの活動の内容を紹介した。そして第4章では、これらの活動が今後の日本のまちづくりの動向の中で、どのような意味を持つかを述べている。

 自然環境を保全するという課題は大きい。しかし、身近な場所で人が自然と触れあうことを通じて、自らの手で地域を再生しようというのが、都市に自然を取り戻すまちづくりである。公害地域に限らず、大都市周辺部のスプロール地区に豊かな自然を取り戻そうという試みは、公共事業としてだけではなく、地域住民自身が決め、進めるべきものでもある。そのため住民に開かれた参加型の手法によって行いたいと考えた。よりよい環境を求めようとする地域住民の望む形で、住民自身の行動によって取り戻されていく自然。この点に、まちづくりとしてすすめる地域再生の特色がある。

 なお、本書に紹介する活動は、最初、「公害地域における市民参加型の自然環境復元手法に関する研究」としてトヨタ財団の96年度研究助成を受け、本書の出版に際しては、97年度市民活動助成をいただいた。記して謝意を表したい。

 

注1 「公害地域」とは、狭義では公害健康被害補償法に基づく旧第一種地域(大気汚染)と第二種地域(水質・土壌汚染)を指し、京浜葉、中京、阪神、北九州など主要な工業地帯が含まれる。これに、産業公害の後遺症に悩んでいる各地の炭坑地帯や新産業都市、道路公害や廃棄物の不法投棄、ダイオキシン公害に苦しんでいる地域などを含めて考えると、都市部への人口集中の進んだ現在の日本では国民の大半が、こうした地域に住んでいることになる。

注2 西淀川では95年に被告企業と、98年に国・阪神高速道路公団との和解が成立した。和解にあたっては、和解金の一部が西淀川区の他、各地の公害地域の再生を支援するまちづくり活動へあてるものとされた(大阪地方裁判所第9民事部裁判長裁判官・井垣敏生、裁判官・新堀亮一、同・清水俊彦、95年3月2日)。この和解金の一部をもとに、原告・大阪西淀川公害患者と家族の会らは財団法人公害地域再生センター(あおぞら財団)を96年に設立した。

注3  あおぞら財団は、公害発生源対策や汚染浄化の取り組みにむけた研究を主宰するなどの活動と同時に、「患者と地域住民の参加による再生」を提起し、失われた水や緑との触れあいのある潤いのある暮らしの再生をめざしている。全国の産業公害地域でも様々な環境再生の取り組みがなされているが、このような地域の環境と生活の関わりを再生する計画手法は、まだ確立していない。本書で紹介する自然環境調査や環境カルテづくりの他、財団は西淀川地域における道路交通環境改善に関する研究も行っている。これらの研究をもとに、車優先の発想を脱却し、公共交通を整備し、また水辺を見直すなどの提案を含む、西淀川区再生にむけた独自のマスタープランも発表したところである。

注4 本書の出版を準備している間にも、倉敷市水島地区や尼崎市南部地区で、公害訴訟の和解金を基金に、市民主体の環境再生に向けたNPOが設立され、活動が始動している。


学芸出版社
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