◎「エコブーム」への疑問
「地球にやさしい」「環境を守ろう」といった言葉が氾濫する時代になりました。
一九六〇年代から七〇年代にかけて、四大公害病訴訟に象徴される公害問題としてクローズアップされた環境問題は、被害の当事者である市民と、企業や行政との対立という様相を呈していたといいます。
しかし現代は、市民も企業も行政も、誰しもが口をそろえて環境問題の重要性を唱える、そのような時代だといえます。「ダイオキシンを発生しない素材を使用しています」だとか、「牛乳パックを再生して作りました」などと謳う商品がそこかしこに氾濫するとともに、大手企業は当然のように環境報告書を作り、行政も「環境庁」を「環境省」に格上げするといった具合に、「環境のことを考える」ことは企業や行政のアピール材料ともなっています。環境問題はいわばトレンド化した状況にある──私たちはこの状況を「エコブーム」と名づけました。
その一方では、「リサイクルで紙を作ると、木から新しく紙を作るよりもエネルギーを使うから、紙のリサイクルは行わない方がいい」であるとか、「地球の温暖化は起こっていないから二酸化炭素排出を抑える必要はない」であるといったように、私たちが従来「正しい」と教わってきた環境問題への処方箋に対して批判的な意見も、様々な場で取り上げられるようになりました。
結局のところ、「エコ」を売りにした商品を買えば、私たちは本当に環境問題解決に寄与していることになるのだろうか。リサイクルは地球資源の節約に本当に貢献しているのだろうか。このような「エコブーム」の裏側には、誰かの思惑や利害が潜んでいたりはしないものなのだろうか。つまるところ、「エコブーム」は環境問題の解決に貢献しているのだろうか。私たちは、こういった疑問を抱きました。
同時に私たちは、大学の現場では多方面の学部・学科が環境問題へのアプローチを行っていることに気づきました。自然科学の分野では、農学部や工学部といった応用科学はもちろんですが、主に理学部が対象とするような基礎科学の分野でも環境問題に関する研究が行われています。さらに、経済や法律といった社会科学の分野、あるいは科学哲学や倫理学といった人文科学の分野までもが、何らかの形で環境問題に取り組んでいます。
こういった現状認識を通して、ひとつの学問分野にとらわれずに、幅広い学問分野を通して多角的視点から物事を考える力を養うこと、そして、それをもとに自分自身の眼力で問題の本質を見極めることの必要性を感じました。
「エコブームに対する疑問」と「多角的視点を獲得する必要性の認識」。この二つが、私たちのスタート点でした。もちろん、活字となった本書も、スタート点は同じです。
今回、「環境の世紀」講義を元にして本という形にまとめたのは、これらのエコブームに対する疑問や多角的視点を獲得する機会を、東大の中だけに留めずに、より多くの方々と共有したいと考えたからです。
私たちは、まずは様々な分野の講義で得たことを相互につないで多角的・分野横断的な視点を持ち、自分たち自身の手でエコブームに対する疑問を解決していこうと考え、この講義を構成しました。ですから、講師の先生方がエコブームを問うかどうかではなく、講義を通して私たちも含めた受講生や読者の皆さん一人一人が現在の環境問題について真剣に考えていくことが重要になります。
実際に「エコブームを問う」のは、受講生一人一人であり、読者の皆さんです。毎回の講義で各受講生に「キーワード」を三つずつ挙げてもらったのと同じように、本書でも読者の皆さんそれぞれに記入してもらう「あなたが考えるキーワード」欄を講義の後ろに設けました。これを活用し、各講義間のつながりを見いだし、ご自身の手で「エコブームを問う」ていただければと思います。
◎講師の先生方と本書が取り上げている話題について
その「エコブームを問う」というテーマから、私たちがどうして本書に登場していただいた方々に講義を依頼したのか、簡単にまとめると次のようになります。
講義を準備する段階で、私たちはいくつかのキーワードを挙げました。
ひとつは「環境問題を俯瞰的に捉える」というものでした。そこで、環境倫理について過去の「環境の世紀」でのお話が受講生に好評だった廣野喜幸先生と、科学史・科学哲学の分野で著名な国際基督教大学の村上陽一郎先生にお越し頂きました。また、環境問題と人間活動との関わり合いの観点からの講義を、環境経済の分野で第一人者であり「環境の世紀」講義の責任教員でもある丸山真人(まこと)先生にお願いしました。
次に挙げた大きなキーワードは「技術」です。その中でも特にエネルギーの問題に着目して、小宮山宏先生、山口猛央先生にお越し頂きました。また、エネルギーに関する事柄のウエイトが高い分野として都市と交通にも着目。それぞれ花木啓祐先生と家田仁先生に、これらの分野に関する講義を依頼しました。
技術以外にも、農学の観点からの環境問題に関する研究も進んでいます。そこで、植物の根に着目して環境問題に取り組まれている森田茂紀先生にもお越し頂きました。
また、具体的事例として途上国における水の問題についてピックアップし、JICA(国際協力機構)などでの経験を豊富にお持ちの村上雅博先生に、高知工科大学よりお越し頂きました。
ところで、「エコブームを問う」というコンセプトのもとで、環境によいとされることが裏目に出てしまう事例そのものについて知りたいとも考えました。ウルリッヒ・ハインツェ先生にはドイツの事例を、また文化人類学者の山下晋司先生にはマレーシアでのエコツーリズムについての講義をお願いしました。
最終回の総括は、環境三四郎の設立に参加し「環境の世紀」講義の誕生にも深く関わりをお持ちの山下英俊先生にお願いしました。
改めて講義全体を眺めてみて気づかされることは、自然保護や生態系の話といった、いわば「原義でのエコロジー」の類のものはここに含まれていないということです。あくまでも「環境問題」を社会と科学技術の接点の問題として捉える内容、あるいは人間社会を今後どうしていくべきなのかという観点からの内容が中心となっています。
「環境の世紀]T」講義を準備していた当初、このことは全く意識していなかったのですが、ひととおり講義が終わったのち、このような視点からのものが集まっていることに気づかされました。これは、「エコブームを問う」というコンセプトそのもの故のことであるといえます。ブームはあくまで社会の中で起こるものなので、何らかの社会との接点を持つ内容が集まってくるのは、後から考えてみれば当然だと言えます。
◎「「あなたが考えるキーワード」欄について
「環境の世紀」講義では、山下英俊先生のご提案により、受講生一人一人に各回ごとのキーワードを考えてもらい、それを環境三四郎のメンバーが集計し、それぞれを三つのキーワードにまとめました。これは、その集計結果をもとにして、最終回である山下英俊先生の講義のなかで、講義全体の「つながり」を考えてみようというこころみです。
本書でも同様に、読者の皆さんご自身がキーワードを考えていただけるよう、各講義ごとに「あなたが考えるキーワード」という欄を、実際の講義の集計結果と併せて設けました。ぜひ、各回の講義が終わるごとに、皆さん一人一人の手でキーワードを挙げてみてください。
本書のエピローグでは、それらのキーワードを「つなぐ」ための一つの手法を、山下先生が講義中に紹介した例を交えながら紹介しています。全ての講義を読みおえたら、これを参考に各講義の「つながり」を考えていただき、皆さんご自身の手で、一見するとバラバラにみえる各講義のテーマが、各所でつながっているということを「発見」していただけたらと思います。
それでは、百五十余名の学生が駒場キャンパスの一教室で受講したこの講義を、さっそ覗いてみることにしましょう。
(環境三四郎・柴山多佳児)
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