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Q&Aでわかる技術的ポイント

はじめに

◎家を建てるということ
  家を建てるということは大変なことです。大の男が一生をかけて取り組む、壮大な事業のように思われます。多数のサラリーマンは、節約して、やっとの思いで貯金した頭金と住宅ローンなどを工面しています。何十年後かに住宅ローンの支払いが終わるころには、利子と合計すると、文字通り一生を捧げる大事業といえると思います。数千万円のコストと、相当なエネルギーが必要となります。考え抜いて決断をくだす勇気も必要です。昔から、男と生まれたからには家の一軒でも建てないと、というような意味のことをいわれました。一方、たかだか、家一軒のために、人間の一生をかけるなんてバカらしいという方もあります。
  私は、住宅業界に入って30年を超えました。主として技術系で現場施工部門を歩いてきました。人の家ばかり建ててきました。自分の家は、我ながら情けないですが、建てたことはありません。人の家ばかり建てていると、自分の家にかけるエネルギーが残らないのかもしれません。ただ様々な家を建てながら、考え、見てきました。中には、建築主に非常に喜んでいただいた家もあります。「あなたのお陰で素晴らしい家ができた。ありがとう」といってもらえると、やはり嬉しいです。涙が出ました。娘さんの結婚式に呼んでいただいたこともあります。人から評価されると、これほど嬉しいものかと思います。人間にはそのようなDNAがあるのでしょう。
  建築主と住宅会社の現場担当者という関係ですが、何十年という末永いお付き合いが続いている場合もあります。これは素晴らしいことだと思います。残念ながら逆もあります。トラブルで裁判になった例、壊して持って帰れと怒鳴りつけられた例、工期が遅れて迷惑をかけた家、変更が伝わらずにやり直した家など、実に多くのトラブルを経験しました。

◎建築主が感じる納得感
  住宅会社ですから、出来上りには、ハード面で当然、合格ラインに達した家を提供します。しかし、建築主が感じる印象は様々でした。大変満足する方も、大変不満を持つ方もありました。同じような条件(延床面積・金額など)であっても建築主の感じ方には大きな開きがあります。我々、現場の人間からみると、同じような対応をし、同じようなQ(Quality品質)・C(Cost予算)・D(Delivery納期)であってもです。特別にその家だけを手抜きするようなことは絶対にありません。与えられた条件の中で最善の努力をします。当然のことです。
  しかし、建築主の感じ方には差が大きいのです。昔は、運が悪かったのかなーとも思いましたが、最近、私には何となくわかるような気がしてきました。それは何かというと、建築主が感じる「納得感」ではないかと思うようになりました。建築主の感じることがすべてであって、住宅会社側が感じるものではありません。建築主が自分で納得をしたものなら、多少の難があっても納得です。ところが建築主が、充分に納得する前に、建築がスタートする場合もあります。建築主が納得しないうちにとはどういうことでしょうか。それは営業・設計・工事の各担当者が充分な説明を建築主に対して、していないということです。もちろん、忙しい仕事の中ですから、一から十まで、全部説明はできないでしょう。だから、屋外単品受注生産の、その家だけのための図面や仕様書、見積り書などを作成します。一方、建築主も異議申し立てることなく、自分が納得しないうちに、何となく建築がスタートしてしまうのです。住宅建築という大金をかける割には、計画の期間が短いといえます。
  期間が短くても密度が濃ければよいのですが、現実はそうでもありません。もっと早めに計画をスタートするべきです。2年前くらいから計画をスタートしてもよいと思います。

◎任せるか、納得か
  建築主には様々な人がいました。自分で調べて納得しようとする方、我々専門家にお任せする方(お任せで最後までOKする方はよいのですが、お任せしたものの、プロとして適切なアドバイスがないとお叱りを受ける場合もあります)、専門家の知人を呼んでくる方などもあります。「こんなハズではなかった。プロとしての適切なアドバイスがなかった。この家はいらないから、壊して持って帰れ」などの言葉が出ます。施工を担当する者として、真につらいものがあります。
  たとえ、時間をかけてでも、納得してから着工すべきものです。工事を進行させながら、途中で変更しながら、納めていくやり方もありました。中には、照明器具を自分で選び、取り付けてから、やっぱりイヤという主張をして変更する方もありました。お金は変更前と変更後の照明器具代と取付け費の、当然両方ともが必要になるのですが、前のものを返品して減額するように要求され、差額でという主張を大真面目でされます。だれも梱包を開けて、取り付けた物を返金して引き取ってくれません。壁の仕上げクロスも貼ってから、気に入らないと変更を要求されました。剥がしたクロスはゴミにしかなりません。現場で発生するゴミのことを産業廃棄物といいます。環境も害しますが、コストも傷みます。要するに、だれかが費用を負担し、損をしているのです。
  このような場面が続くと、残念ながら技術者としての心が通わなくなります。はやく終わって逃げ出したい一心で、仕事をこなすようになります。こうなるとうまくいきません。このような場合は、建築主も、住宅会社側も望むところではなく、双方にとって不幸なことです。せっかくの大金をかけ、人生最大の買い物をするのですから、もっと満足感を味わう方法がないものかと思います。

◎過去のトラブル経験から
  この本では、過去にトラブルになった例や、ここは説明して、念押ししておいた方がよいと思われるポイントを列記しました。着工までに、十分な時間をかけて、納得してもらうまで説明すべきです。普段の仕事の忙しさから、手を抜きたくなることもあるかもしれませんが、極力時間をとるようにしたいものです。124のポイントを列記しましたが、ひょっとしたら、多過ぎるかもしれません。もし、それらが杞憂に終わったならば、幸いです。
  読んでいただいているあなたが、住宅の技術屋さんなら、該当するポイントは建築主に説明した方がよいと思います。建築主が納得してから着工するべきです。
  読んでいただいているあなたが、これから家を建てようとする方なら、このポイントを納得するまで住宅会社に聞くとよいと思います。建築業者側からすれば、これくらいのことは建築主側で最初から確認しておいて欲しいと思うことも多々あります。現実に入居する建築主でないとわからないことも多いのです。
  主役は住宅会社ではなく、建築主ですから、建築主の納得がすべてです。住宅会社の担当者の納得ではありません。

◎夢の住まいづくりの一端を担う
  我々は、建築主の楽しい夢の住まいづくりの一端を担う仕事をしています。人を幸せにする素晴らしい仕事だと思います。人に損をさせて、不幸にする仕事ではありません。それがストレスになっては問題です。
  一般に、住宅会社では、アンケートをとります。その場合に、総合的な満足度は平均95%以上になります。しかし、個々の内容でみると、多かれ少なかれ、不満は残ります。これだけの事業ですから、多少の不満はあると思います。しかし、その不満が予め想定され、納得して決めたものならば、得心して、不満にはなりません。次のような例があります。
  完全な規格住宅で変更不可の建物(変更がないということはその分、工事管理が楽なために、お買い得な価格が設定されている建物です)の場合で、アメリカ製の木製サッシ(ペアーガラス)を全箇所取り付けるというものです。比較的、金額の安い規格住宅としては、性能面で贅沢とも思いますが、調べると、このような場合は結構存在します。このサッシは結露しにくくて、性能は素晴らしいのですが、外国製の商品においては、日本製よりも細やかさが少ない面が見受けられる場合があります。サッシ木部の肌触りが多少ザラザラしたり、ビスが見えたり、隙間があったりと工事担当者は嫌がりました。これではクレーム多発という恐怖心からです。過去に何度も、この種のクレームを経験しているからです。結局、取り替えているわけです。しかし、外国ではこれが普通であり、性能面で素晴らしく、味わいのあるサッシです。そこで、最初から徹底的にこの点を建築主に納得してもらい、納得してくださらない場合には、見送っていただくよう説明しました。ほとんどの建築主は納得しました。このサッシに対してのクレームは全くありません。クレームゼロです。建築主が納得したからです。もしも説明をしなかったら、相当数のクレームは出ていたと思います。この一件以来、納得の大切さを、身をもって学びました。

◎住まいづくりのパレート
  住宅産業はクレーム産業ともいわれるくらいです。本書で指摘したことを確認すれば、完璧だとは思いませんが、打合せ不足による、思い違いなどのトラブルの80%は解消できるのではないかと思います。最初の着工打合せで、少し多めに時間を使い、説明を頑張れば、20%の努力で、80%の効果を得ることが可能だと思います。本書の内容を説明していけば、建築主の信頼もプラスになります。どれだけ時間をかけて、どれだけ内容を説明したかにかかっています。
  パレートの法則(80:20の法則)は、住まいづくりの世界では生きています。このような願いを込めて本書をまとめました。建築主は大金を投じるのですから、後で情けない思いをしたくはありません。これは、建築主も、住宅会社も、監督も、各種職人も、同じ想いのはずです。夢の住まいづくりという目標は共通でなければなりません。