改訂版 土木計画学
公共選択の社会科学

改訂版の刊行にあたって
 「土木計画学 公共選択の社会科学」を出版してから、ちょうど10年が経過した。
 本書は、筆者が当時勤めていた東京工業大学の学部学生を対象に開講していた同名講義「土木計画学」の講義ノートに基づいてまとめたものだった。当時の講義は同講義の前任者、故・上田孝行氏の講義を参考にしつつ、筆者が当時の時代状況における土木計画に必要だと確信した諸要素を盛り込む形で構成していた。つまり本書は「伝統的」な土木計画学を基本としつつ、2000年代当時の「新しい」諸状況を踏まえて編纂されたものだった。結果、それまでの土木計画論を「数理的計画論」と位置づけると共に、新しい時代状況の中で求められている心理学、社会学、政治学、社会哲学等の「人文・社会科学」を基礎とした計画論を「社会的計画論」と位置づけ、両者を「同程度の分量」で論じると同時に、土木や土木計画とは何かを論ずる基礎論を冒頭に挿入する形で本書をとりまとめた。
 その後筆者は京都大学へ転勤となり、同様の学部講義を担当することとなったのだが、その10年間で再び社会状況はまた様変わりしてしまった。
 世界経済を大きく冷え込ませるリーマンショックが生じ、日本経済は激しい損害を被った。その数年後には東日本大震災が生じ、我が国は国難とすら言われる未曾有の被害を受けた。そしてそれらを通して日本のデフレ不況がさらに長期化することとなった。そもそも日本がデフレ不況に突入したのは1998年であったが、当時は日本のデフレ不況がここまで長引くとはほとんど誰も考えてはいなかった。しかし誠に遺憾なことに、デフレ突入から20年が経過した2018年現在になっても未だ、デフレ不況は終わっておらず、それが終わる予兆すら見いだせないのが実情である。
 かくして2000年代後半から今日にかけての日本においては、「より良い社会へと少しずつ改善していこうとする社会的な営み」である「土木」を考えるにあたって、長期のデフレ不況対策は重大な要素となったのである。
 こうした理由から、本書出版から数カ年が経過した2000年代後半から、筆者の土木計画の講義では、「デフレ不況」「インフラ政策のデフレ脱却効果」に関するマクロ経済学の基礎論を講述するようになっていった。
 こうした経緯を踏まえ、本書出版から10年が経過した今、近年講義で講述してきたマクロ経済論を論じた章を追記する形で本書を改訂することとした。なお、本章執筆にあたっては、マクロ経済学者である青木泰樹京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授に監修頂き、経済学における各概念の用語法の詳細等について助言頂いた。ここに記して改めて深謝の意を表したい。
 また、この度の改訂版の出版にあたっては、本書冒頭で論じていた「土木の定義」を一部修正することとした。初版では筆者は土木を『我々の社会に存在する様々な土木施設を「整備」し、そしてそれを「運用」していくことを通じて、我々の社会をより良い社会へと少しずつ改善していこうとする社会的な営み』と定義した。ただし、「土木施設」とはそもそも、自然の中で我々が暮らしていくために必要な環境を整えるために、整備・運用していくものであることに着目すれば、この定義は『自然の中で我々が暮らしていくために必要な環境を整えていくことを通じて、我々の社会をより良い社会へと少しずつ改善していこうとする営み』と言い換えることができる。「土木」の定義説明の折りに、「土木施設」の定義を合わせて執り行うことが初学者の理解を妨げているリスクを懸念していた経験を踏まえ、シンプルな定義の方が適切であるとの趣旨から、改訂版出版にあたって定義の文言を変更することとした次第である。なお、上記経緯からも明白な通り、定義の「意味」それ自身は修正されてはいない点には、留意されたい。
 いずれにせよ、我々には精神のみならず「身体」があり、そして我々がこの自然の中で生きている「動物」の一種である以上、この自然の中で暮らしていく環境を整える土木の営為が不要となることはあり得ない。そして、時代は時々刻々動き続ける以上、土木技術者に求められる計画上の基礎教養のあり方もまた、変わり続けている。ついては、土木計画に直接間接に携わる学生、実務家、研究者の皆様方には是非、それぞれの現場の諸種の問題や危機を乗り越えるために、本書で論じたマクロ経済学の基礎知識を含めた諸議論を、土木技術者の基礎教養の1つとしてしっかりと学んでもらいたいと祈念している。

2018年6月 紫野の自宅にて
藤井 聡