密集市街地の防災と住環境整備
実践にみる15の処方箋



はじめに

 日本列島は、毎年のように大地震などの自然災害に見舞われています。最前線で市街地整備に関わってきたURは、復興支援に組織を上げて取り組んでいますが、このなかで、災害がもたらす住民、社会、まちへの爪痕をつぶさに見てきました。その経験から、災害に強い安心・安全のまちづくりを進める意義を強く感じているところです。
 とりわけ、戦後最大級の都市型災害をもたらした阪神・淡路大震災では、都市部に広がる密集市街地の防災面の脆弱さが浮き彫りになり、密集市街地の改善は喫緊の都市課題となっています。
 遡れば、UR(日本住宅公団、住宅・都市整備公団、都市基盤整備公団を経て現在のURへ)は、高度成長に伴う都市圏への急速な人口流入に対応するため、工場跡地や公的用地などの土地利用転換による住宅供給を使命としてスタートしました。URの密集市街地整備の取り組みは、それら住宅の周辺に広がる市街地の防災性を向上させ、住環境を改善することから始まりました。そして、阪神・淡路大震災を契機として、政策的に密集市街地の防災性向上の重要性が増すなか、URも政策執行機関として密集市街地での取り組みを強化して今日に至っています。
 これらの実践を通して、密集市街地を改善するには、防災性の課題 ?これは日々の暮らしの中では実感しにくいものですが? について住民の皆さんと理解を深めていきながら、同時に、住み心地の良い市街地を追及する、というアプローチが大切であると考えています。本書を「防災」と「住環境」を冠するタイトルとした意図もここにあります。
 本書の特徴は、15の地区について、URが取り組むことになったきっかけ、防災性や住環境の向上をどうやって実現してきたのかを紹介している点です(第3章)。その中では、担当者の悩みや苦労にも触れて、リアルな現場感が伝わるようにしました。この中から見出した進め方や課題の解決方法を、副題にある「15の処方箋」として読者の皆様に読み取っていただければ幸いです。
 そして、実例の紹介に先立って密集市街地整備の全体像を俯瞰し、密集市街地の問題点、政策的な流れとURの取り組みの変遷を振り返り(序章・第1章)、また、これら35年の実践経験に基づき、フェーズごとの担い手と住民との関係・アプローチの方法を主な切り口としながら、事業論としての一般化を試みています(第2章)。この事業論で密集市街地整備の考え方を捉えていただくことで、第3章にある具体地区の実践も、より俯瞰的に読みとっていただけるのではないかと考えています。
 密集市街地の課題は、高齢化や若手不足による地域の担い手の減少など、防災面に限られるものではありません。密集市街地の目指す姿は、市街地の安全性が確保され、日常の中で住み心地が良い暮らしが持続するまちであろうと考えています。第4章では、座談会という形で住吉洋二先生、高見沢実先生から、歴史を振り返りながら今後の展望を語っていただきました。
 密集市街地整備に関わる地域のリーダーを始めとする住民の方々、防災行政を担う地方公共団体の職員、まちづくりを業とするコンサルタントや開発事業者、まちづくりを研究又は学ぶ方などにとって、密集市街地整備に取り組む際の手がかりとして本書が一助になることを願っています。
2017年9月
独立行政法人都市再生機構 副理事長 石渡 廣一