サステイナブル都市の輸出
戦略と展望

はじめに


 都市輸出という耳慣れない言葉を目にして戸惑いを覚えた方も多いと思う。しかし、一度でも、アジア都市を訪れたことがある方であれば、新興国・途上国の巨大都市ではまさに都市輸出というべき都市化が進行していることを実感として理解していただけるのではなかろうか。

 ここで言う都市輸出とは、もちろん、例えば東京のような特定の都市がまるごと輸出されるという意味ではない。新興国・途上国の都市では、自動車やスマホ、生活製品は言うに及ばず、巨大ショッピングモールからコーヒーチェーン、コンビニ、文化ソフトのような、直接、目に触れるモノやサービスにとどまらず、近年では、鉄道、水道、情報などのインフラ・都市サービスから大規模オフィス・マンション開発等の都市開発に至るまで、先進国企業の技術・資本投資が、日々、存在感を増している。これらの製品や技術、サービス、都市開発は普遍的な意味でのモノやサービスではなく、先進国都市のライフスタイルや都市のあり方、価値観を体現したものである。その意味で、まさに、先進国の都市から新興国・途上国へ、さらには、最近では、中国のような新興国の都市から新興国・途上国の都市へと、まさに都市そのものとも言えるモノやサービスの輸出が進行しているのである。

 このような都市の輸出には、ポジティブな側面とネガティブな側面がある。急速な都市化が進行する新興国・途上国の都市では、そこで生まれる膨大なインフラ整備需要を満たすために官民連携(PPP:Public-Private Partnership)のもとでのインフラ整備は必須であり、そこでは外国資本投資が重要な役割を果たしている。また現代都市に求められる機能を支えるためには先進国企業の有するハード・ソフト両面にわたる先進的技術・ノウハウが欠かせない。先進国企業、さらには、最近では、新興国企業にとっても膨大なビジネスチャンスが広がっており、Win-Winの関係のもとでポジティブな成果が生まれている。一方で、あまりに急速な都市化が進んでいることから、目先の利益のみに囚われた開発が進められ、将来に禍根をのこすような都市開発が進んでしまっている例も多い。本書が、サステイナブルな都市の輸出の重要性を強調する所以である。

 すなわち、現在、まさに進行しつつある都市輸出を、いかにサステイナブルな都市形成に役立てていくのか、言い換えれば、サステイナブルな都市を目指す新興国・途上国都市と、技術・ノウハウを輸出し、同時に資本投資を行う先進国や新興国の企業とのWin-Winの関係をいかに築き上げていくかについての戦略と展望を示すことが求められている。この点に本書のねらいがある。

 翻って、ポジティブな意味での都市輸出を進めることは、日本の都市にとってもプラス面が大きい。直接的には、日本の都市自治体が、新興国・途上国都市に対して、立地企業とともに、積極的に都市整備や都市経営を支援することで、立地企業のビジネスチャンスを拡大したり、都市のブランド価値が高まることでインバウンド観光や企業投資に結びついたりする可能性が拡大するというような効果が期待できる。

 加えて、日本のまちづくりへフィードバック効果も大きい。すなわち、サステイナブルな都市の輸出に向けて、日本の都市づくりの制度、技術、ノウハウを体系的に整理し、新興国・途上国都市への適応可能性を当該国都市の政策担当者、専門家、実務家、研究者とともに検討するプロセスを通じて、日本の都市づくりの双方向的相対化がなされることで日本の経験や制度の特殊性と普遍性、利点と弱点があぶり出され、今後の日本の都市づくり・まちづくりに生かしていくことができるのではなかろうか。

 本書は、以上のような問題意識のもとで、サステイナブルな都市の輸出に関わる重要なテーマ群を設定し、それぞれのテーマについて第一線の政策担当者、実務家、研究者に執筆をお願いしたものである。編集に当たっては、インフラ輸出や海外における都市開発等、都市輸出の実務に携わっている(あるいはこれから携わるであろう)方々や本テーマに関心のある研究者や学生の方々に都市輸出に関する体系的な見取り図を提供すると同時に、具体的な事例を多く挙げることで実践的にも役立つものとなるよう心がけた。

 本書が、サステイナブルな都市の輸出に関する広範な関心と議論を喚起するものとなるならば、編集者の一人として望外の喜びである。
2017年2月
城所 哲夫