DMO 観光地経営のイノベーション


はじめに
 私がDMO(Destination Management / Marketing Organization)という言葉を知ったのは、UNWTO(世界観光機関)が2010年に出した“Survey on Destination Governance”(観光地経営の調査)という評価レポートを読んだ2011年のことです。当時、日本では2008年に制定された「観光圏の整備による観光旅客の来訪及び滞在の促進に関する法律」(観光圏整備法)に基づき、「観光地域づくりプラットフォーム」を中心にして区域内の関係者が連携し、魅力ある観光地域を作っていこうとしていたときでした。そのために旅行業務取扱管理者に代えて、一定の研修を修了した者を観光圏内限定旅行業務取扱管理者として選任できる旅行業法の特例措置や、複数の運送事業者が共同で割引周遊切符を発行する共通乗車券制度をはじめ、農水省の交付金での支援など、さまざまな政策支援が行われていました。

 しかし、中核となる「プラットフォーム」は観光圏のモデルコースを取りまとめ、着地型観光商品の造成と販売を行うことが中心の役割となっており、ワンストップ窓口として機能をしていたものの、そこに留まらない幅広い取組が必要ではないか、という指摘もありました。本格的なデスティネーション・マーケティング(観光地マーケティング)を推進し、数値目標を達成することで地域の観光関連事業者との信頼関係を築き、行政の観光政策への提言を行うことができるなど、今でいう観光地経営を担える組織が必要だということです。

 そんな時に、発展している海外に目を向けるきっかけとなったレポートを目にしたのです。UNWTOでは、この他に“A Practical Guide to Tourism Destination Management”(観光地経営の実践ガイド)や“Handbook on Tourism Destination Branding”(観光地域ブランド構築に向けてのハンドブック)なども発行しており、この目で海外のDMOなるものを見てみたい、と思うようになりました。

 2013年に、文部科学省・日本学術振興会の科学研究費で欧米のDMOにヒアリングをする機会を得て、同様にDMOへの関心をお持ちであった神戸市産業振興局(当時)の皆さん方と一緒に訪問させていただきました。そして、各所での刺激に満ちたお話から、日本の観光振興組織や観光地域づくりプラットフォームと比較するとあまりに大きな違いがあることを知り、大きな驚きとともに果たして日本に移入できるものだろうか、とも感じたのです。

 ヒアリングの内容を整理し、その年の暮れの日本観光研究学会の全国大会や翌年2月の日本観光振興協会のシンポジウム「地域振興のための観光マーケティングとマネジメント」で発表をしましたが、聴衆の皆さんからは質問というよりも驚きの感想が漏れ聞こえました。その内容は、「すごい」という賞賛と「果たして日本でそんな組織はできるのか」というある種の拒否反応に分かれたのです。賛否のはっきりした意見が出たものの、欧米DMOの機能やマネジメントのあり方そのものを否定されることはなく、そこにはやりたくてもできないジレンマのようなものが存在するのではないかと、私には思えたのです。そしてそれは、DMOが日本の観光地域の発展につながるのだという確信ともなっていきました。

 この本は、その後、日本の観光行政関係者や観光振興組織へのアンケートやインタビュー、研究者などとの議論、2016年の広島県観光課、せとうちDMO、関西国際観光推進本部(現:関西観光本部)の方々とのアメリカのDMOなどへの調査をへて取りまとめたものです。そこで私は以下のようなDMOと観光地経営の定義にいたりました。

〈DMOの定義〉

地方自治体と民間事業者による観光ビジネスの共同体で、観光地経営を担うための機能と高い専門性を有し、観光行政との役割分担による権限と責任を明確にしたプロフェッショナルな組織

〈観光地経営の定義〉

観光地域において設定される目的・目標を達成するために、持続的・計画的に意思決定をして実行に移し、観光地域のさまざまな主体と調整をしながら観光事業を管理・遂行すること

 序章から順に読み進めていただくと、私が以上のDMOや観光地経営の定義にいたったのはなぜか、が分かるようになっています。行政や観光振興組織でDMOの設立やその経営・運営に関わっている方々、観光でまちづくりを志す方々、出身地域の観光振興に携わりたいと考えている社会人や学生の方々、旅行会社や宿泊施設、交通関連企業など観光関連事業にお勤めの方々に、特に読んでいただきたいと思っています。皆さん方との議論を通じ、日本版DMOがさらに進化していくことを願っております。

2017年4月 高橋一夫