ポートランド・メイカーズ
クリエイティブコミュニティのつくり方





クリエイティブなコミュニティのつくり方


街は人とその文化、コミュニティによってつくられる
 2016年の春、『ポートランド 世界で一番住みたい街をつくる』という本を書いた。その本ではポートランドという街がどのような変化を遂げ、世界中から注目される街になったか、その全体像を描いた。そのプロセスを紐解くため、1800年代の街の設立から歴史をたどり、1970年代の大変革期から今日にかけて、現在僕が働くポートランド市開発局(PDC)の活動を中心に行政、企業、市民らの街への関わりについて詳しくレポートした。だが、膨大な資料と向きあいながら、そのエッセンスを限られた紙数の中にまとめるのはとても大変で、編集の途中で削った内容も多かった。そして、もしいつかもう1冊本を出せる機会が巡ってきたら、ポートランドがなぜクリエイティブなのか、なぜクリエイティブな企業や人々が集まる街になったのか、それをテーマに書いてみたいと漠然と思っていた。
 街の魅力は、そこに住んでいる人々や働いている人々、彼らがつくりだす文化やコミュニティの特徴が醸しだすものだと、僕は思っている。要するに、街は人ありきなのである。
 丹下健三(建築家、都市計画家)は「人は情報の媒体である」と言ったそうだが、その考えは今の時代にすごく的を得ていると思う。そして、都市はその情報の媒体が集まり、混じりあい、新たな価値をつくりだす実験室のようなものだ。今、世界の大都市には大量の情報が集まってきている。ただ丹下氏が活躍していた時代と大きく違うのは、インターネットの進歩により多くの情報がネットワーク化され、世界中どこにいてもスマートフォンさえあれば情報を入手できるようになったことだ。
 しかし反面、情報の海に飲まれる危険に晒されるようにもなった。何か新しいものをつくろうとする時、新しいことに挑戦しようとする時、ネットで見た情報に流されていては成功しない。自分の哲学を大事にし、最初から自分のやり方でやってみること、今まで誰もやったことのないことを、勇気を出してやってみることが大切だと思う。新しいものを世に生みだすには、リスクが付き物だ。エジソンは電球を完成させるまでに2万回も失敗したというではないか。

ポートランドをクリエイティブにする6人に会いにいく
 2016年の秋、僕の予想を裏切り、著書は増刷を重ね、僕は2冊目の本を執筆する機会に恵まれた。そこで、多種多様な分野で新たな価値をつくりあげることを生業としているクリエイティブなポートランダーを6名厳選し、彼らにインタビューをさせてもらった。日本では一般的に知られていない人たちが多いが、彼らはポートランドのクリエィティブコミュニティを象徴する人物であり、それぞれの分野で世界に通用するプロフェッショナルたちである。
 ここで今回インタビューした6人を簡単に紹介する。
 ジョン・ジェイは広告やアート業界では世界的に著名である。ニューヨークの高級デパート、ブルーミングデールズやポートランドの広告エージェンシーWieden+Kennedyのクリエイティブディレクターを経て、2015年からファーストリテイリングのグローバルクリエイティブ統括を務めている。
 ジョンは今、ポートランド、ロンドン、ニューヨーク、東京などを飛び回っている。その超多忙なスケジュールの合間を縫って、ポートランドのチャイナタウンにある彼のスタジオなどでロングインタビューをさせてもらった。彼が見てきた過去25年間のポートランドの変貌や、なぜ彼が今なおポートランドにこだわり拠点を設けているのか。ジョンが語るポートランドのクリエイティビティの本質は実に興味深い。
 南トーマス哲也はポートランド近郊にあるナイキ本社のイノベーションキッチンで次世代のプロダクト開発を手がけている。
 以前は、あの元ブラジル代表のロナウジーニョ選手のスパイクをデザインした世界トップクラスのシューズデザイナーであった。彼には、「Fail Forward(失敗は後退ではなく、そこから学んで次に進もう)」という揺るぎない哲学と使い手への細心の気配りが詰まったナイキのものづくりの裏側をじっくり聞いた。また、スポーツを愛する市民が多い街ならではのライフスタイルやスポーツブランドの街への取り組みについても話を聞いた。
 ポートランドでは都市成長境界線によって守られている近郊の農地で採れた新鮮な食材を扱うレストランやマーケットが繁盛し、全米からシェフがこの地で開業するために集まってくる。そんなレストラン業界で、一際注目を集めているのが、オーガニックレストラン「Shizuku」を経営する田村なを子。
 彼女は、美しく黒光りした漆塗りの重箱に、とびきり新鮮な季節の食材を使ったお弁当で、全米一のグルメタウンの料理評論家たちを魅了し続けてきた。僕はアメリカに20年住んでいるが、こんなに地元の素材にこだわりながら本格的な日本食を食べられるレストランは他にはない。まさに僕にとってのポートランドの郷土料理だ。その美味しさの秘密は、彼女が実践する生産者と消費者をつなぐ「Farm to Table」のしくみ、そして本物の味を追求する探究心にあった。
 また、ポートランドでは「Made in PDX(=Portland)」を掲げ、革製品や家具、クラフトビールなど地場産業に最新のデザインを施したハンドメイドの小商いが若者を中心に盛んだ。そして、彼らの中でGROVEMADEの冨田ケンを知らない者はいない。
 「Made the Hard Way(苦労してつくられた)」がGROVEMADEのキャッチフレーズだ。ケンが自然素材を使ってつくりだす製品はどれもユニークで美しく、そしてサステイナブルである。セントラルイーストサイドにある工房で一つ一つ丁寧につくられた製品は世界中にファンがいるくらい人気だ。小規模生産でデザイン性に優れたものづくりへのこだわり、西海岸特有のオープンなコラボレーションの気質、独特なマーケティング戦略など、スモールビジネスのリアルな現場を教えてもらった。
 マーク・ステルを一言でいえば、「サードウェーブコーヒーをサステイナブルにした男」である。現にマークはコーヒー豆の焙煎と小売を手がける会社Portland Roasting Coffeeを経営しながら、全米スペシャルティコーヒー協会の要職などを歴任し、世界第二のコモディティであるコーヒーの貿易環境の改善に努めてきた。
 中南米やアフリカのコーヒー農場とダイレクトトレード(直接取引)をし、農園労働者の収入を上げ、農園の労働環境の向上を図るために地域のインフラに投資をしてきた。なぜ、彼はそこまでリスクをとってコーヒー産業を変えようとしてきたのか。ポートランドのコーヒーカルチャーの裏側にあるストーリーは実に深い。
 最後に紹介するリック・タロージーはPortland Incubation Experiment(PIE)の創始者兼ゼネラルマネージャーである。
 僕はこの街で何らかのテクノロジーを使って起業したい人がいたら、まずリックに会いに行くことを勧める。なぜなら、彼が行政機関はもちろん、ベンチャーキャピタル、エンジェルファンド、そしてその他のアクセラレーターなどを含むポートランドのスタートアップの生態系を一番よく知っている中心人物だからだ。彼は常に多くの起業家と交流し、彼らの面白いアイデアをスケールアップさせるべくコーチングし、スポンサー企業から投資を引き出し成長させる。創業から8年で数え切れないほどの地元の起業家を支援してきたしくみを語ってもらった。

街のクリエイティビティを生みだすマインドとコミュニティ
 この6人のインタビューを通して、街のクリエイティビティを生みだすのに必要なものがうっすらと見えてきた。一つはプレイヤーのマインド(気質)。そしてもう一つは彼らを取り巻くコミュニティ(土壌)だ。
 まずは、プレイヤーに共通するマインドを挙げてみる。
  1. 自信を持っている:自分の得意分野を見定め、足りない部分は周りの人とのコラボレーションで補う。
  2. 失敗を恐れずやってみる:とにかく自分を信じて本気でやってみる。うまくいけばそれを伸ばし、失敗すれば新たな道を探る。
  3. 挫折から学び続ける:失敗もポシティブに受けとめ、自分が納得いく結果が出るまでしたたかに挑戦し続ける。
  4. お金や名声以上に仕事が好き:儲けや知名度よりも素晴らしい仕事をすることに重きをおく。
  5. 独立心が強い:周りの人の声、常識や情報に左右されず、自分の信じた道を突き進む。
  6. 変化を受け入れ成長する:変化は避けられないことを理解し、変わり続けることで成長する。
 次に、彼らが属するコミュニティ(土壌)にもいくつかの共通点があると思える。
  1. 仲間が集まりやすく、新たな関係を築きやすい「場所」を持っていること。
    GROVEMADEの工房やPIEのシェアオフィス、Portland Roasting CoffeeのカフェやレストランShizukuなど、いろいろな形態があるが、どれもオープンでリラックスした雰囲気が印象に残った。
  2. フェアでカジュアルでフラットな組織や文化があること。
    そこには人種、男女間の差別、先輩後輩の上下関係など存在しない。無駄に組織化したり、型をつくらない。
  3. 新しいアイデアを歓迎し、良いと思ったことを素直に受け入れること。
    誰もが気軽にアイデアを提案し、たとえ奇抜なアイデアであっても頭ごなしに却下したり、批判したりしない。
  4. わからないこと、困ったことは、専門家や同業の仲間に助けてもらうこと。
  5. 良いこと、うまくいったことは、たとえライバルであっても、どんどんシェアすること。
  6. ライフスタイルを大事にして趣味の時間を充実させること。
    その趣味が仕事に良い影響をもたらし、趣味がビジネスになることも起こりうる。
 この本を通して、僕はポートランドのクリエイティビティの本質と、そのクリエイティブなコミュニティがどのようにつくられているかを探りたかった。そして本の制作途中で、いつもお世話になっている黒崎輝男さん(流石創造集団代表取締役)にクリエイティビティについて尋ねた。黒崎さんはこんな風に答えてくれた。
  「クリエイティビティとは、一般的な成功、利益などとは違う、美しいとか、気持ちいいとか、美味しいとか、新しいといった視点から問題を設定して、目の前の難題を、根本から乗り越えていく能力を言う」
 この本を読んで、街のクリエイティビティを生みだす仲間が、日本でも増えることを願っている。
山崎満広