都市経営時代のアーバンデザイン




はじめに │西村幸夫



日本のアーバンデザインのこれからを考えるために
 本書でいう「都市経営時代」とは、ハードとソフトを合わせて統合的に都市をマネジメントすることに責任を持たねばならない時代に私たちはいるということを表わしている。アーバンデザインのあり方もこうした時代の潮流と無縁ではない。
 日本のアーバンデザインは丹下健三らによる東京計画1960に代表されるような1960年代の都市拡大期の建築群計画といった「図」を描き出すプロジェクトから始まり、都市の再開発や郊外の大規模ニュータウンのデザインを経て、1980年代の都市安定期にさしかかるに従って次第に広場や街路、水辺などの都市空間の高質化へ向かっていった。さらには景観法(2004年)の制定に至る世論の高まりをもとに、自ら手を下すデザインプロジェクトから他者のプロジェクトをコントロールする景観規制といった「地」の整備への傾斜を経て、都市停滞期に入ってからはもっぱら合意形成プロセスのデザインといったソフトな都市経営戦略へと時代背景と共にデザインの対象を変化させつつ今日に至っている。
 コンパクトシティや持続可能性が叫ばれ、空き地や空き家問題が緊急の課題として立ち上がってきている昨今、アーバンデザインは今後どのような方向を目指していけばいいのだろうか。そもそもアーバンデザインにどのような未来があるのだろうか。
 同様の岐路に立たされている国内外の先進的な試みを行っている諸都市のアーバンデザインの試みの中に、目指すべき新しい方向性を共有できる視点を見出すことができるのではないかと考え、関心を同じくする若き仲間とともに本書を編むこととした。
 扱ったのは、デトロイト、バッファロー、シュトゥットガルト、バルセロナ、ミラノ、ニューヨーク、マルセイユ、ロンドン、フローニンゲン(オランダ)の、大きな社会変化に直面する8つの欧米の都市と、南相馬、柏の葉、横浜、台北の4つのアジアの都市・地域である。詳細は各章に任せるとして、導入としてここでは諸都市を俯瞰して見えてくるいくつか共通した関心について指摘しておきたい。

人口減少時代における共有できる都市像を目指すアーバンデザイン(1部)
 都市の縮退の問題は、現在日本においてもっとも緊急を要する都市問題である。空き家や空き地が増えていく中で、アーバンデザインはどのような役割を果たすことができるのか──この問いに直面して、苦闘する都市の姿を、産業衰退が激しいデトロイト、大規模なブラウンフィールドをかかえるバッファロー、都市規模の現状維持を選択したシュトゥットガルト、ようやく避難指示が解除された南相馬市小高区という4つの事例から考えようとしているのが1部である。
 これらの都市では、当然のことながら、これまで深化してきたアーバンデザインの方法論では対応することができない。合意形成をしかけるにも、元気の出る将来の都市像がなかなか描けないからである。その時、アーバンデザインはまったく無力なのか。
 しばしば縮退都市の典型と見なされるデトロイトにおいては、いわゆる選択と集中施策の失敗を乗り越えて、選ばれなかった「地」の部分に光をあてて、その地域の将来像を描き出すことから都市全体の再生へと向かう道筋が見えてきつつある。選択と集中の政策では、選択されなかった地域の反対が強く、全体の施策そのものが立ち行かなくなってしまうのである。したがって、「地」の可能性をひらき、そこに将来を見出すことから、これを「図」に反転するようなアーバンデザインの方策が有効となる。
 バッファローでは、各ブラウンフィールドの再生可能性を冷静に検討して、環境政策と都市政策をリンクさせて、地区再生の優先順位と行政の関与の度合いを戦略的に組み合わせる多様な選択肢と意思決定のデザインに、アーバンデザインのこれからの可能性を見ることができる。
 南相馬市小高区では、復興の内実だけでなく、プロセスそのものをもデザインし、マネジメントすることを目指して復興デザインセンターが動き出しつつある。
 都市像そのものが生まれ、共有されていく過程を全体として構想し、地域住民との合意をダイナミックに仕掛け、関与していくアーバンデザインの姿が、こうした人口減少都市の経営施策として共通しているといえる。

多様性や持続可能性への解を模索するアーバンデザイン(2部)
 他方、ハードな空間改善を軸とはするものの、それだけに専心していいのか、という今日的な問いかけが都市計画全般に対して行われているのも、現代のアーバンデザインに共通した傾向である。
 たとえば都市そのものの持続可能性や文化的経済的な多様性を保持した地域社会のあり方、アートとの協働など、都市を巡るおおきな課題の中でアーバンデザインにどのような貢献ができるのか、ということが問われている。これは、都市のプランニングという全体の枠組みの中でデザインはどのような貢献ができるかという問いかけだと翻訳することもできる。
 この点に関して先進諸都市の施策を見ると、創造都市を目指す横浜や台北の動きに代表されるように、文化政策としての魅力ある都市づくりの推進や、路上のアクティビティの復活などのアーバンデザインのボキャブラリィの実現によって側面的に都市の多様性や持続可能性への貢献を模索しているようだ。
 このことは都市をプランナーの目あるいは為政者の目で見渡すのではなく、ユーザーの視点あるいは都市生活者の視点から見ているということと軌を一にしている。
 「図」づくりに力を入れてきたバロック的なアーバンデザインではなく、安定した「地」を都市に根付かせていくようなアーバンデザインが主力となっている。それが地区をマネジメントすることによって社会的弱者と向き合おうとしているバルセロナのアーバンデザイン戦略につながっている。
 しかしながら、このことは「図」が不要だということを意味しているわけではない。都市に生活するにあたって不可欠な「図」としてのシンボルが必要だということはユーザー側からも言われている。台北の事例はそのことを如実に示している。
 ただし、その場合の「図」はヒューマンスケールと何らかのつながりを持っている必要がある。そうでなければ、「図」は権力の装置と見なされてしまい、市民はよそよそしさしか感じなくなるからである。ミラノと柏の葉の事例は、緑が「図」であると同時に「地」ともなりえるという計画のあり方を物語っている。

都市生活のデザイン戦略の合意へと向かうアーバンデザイン(3部)
 多くの都市に共通した傾向として、比較的小規模な公共空間へ介入することに対する高い関心をあげることができる。バルセロナやニューヨークはそのフロントランナーである。
 都市にとって戦略的に重要な立地の小規模公共空間の創出や改善──具体的には広場や街角のコーナーのリ・デザインや新規創出である。大きな構想よりも小さな実践を尊重し、都市生活の具体的な改善の姿をプロジェクトを通して見せることに力点が置かれている。
 こうしたアーバンデザインの小プロジェクトの大半は都心か都心近接地であるので、都心再生の一環を担った施策の一部であると言えるが、大きな構想を表に出すよりも地に足がついた地道で具体的な改善策を少しずつでも着実に実現していくとに力点が置かれている。
 そこで目指されているのは、都市生活を豊かにしていくイメージリーダーとしてのプロジェクトである。もちろんその背景に地方政府に十分な資金的余裕がないためにかつてのような大規模公共事業を行えないということもなくはないが、それ以上にアーバンデザインの効果的なつぼをねらってプロジェクトを仕掛けるという戦略的な企図に力点が置かれていると言うことがある。
 同様の意識は公共交通機関や自転車への思い入れという点にも見て取ることができる。
 魅力的な路面電車のデザインやスムーズな乗り換え空間の実現、自転車が走る風景へのこだわりなど、コンパクトな都市という命題を大風呂敷のマスタープランとしてではなく、都市における生活スタイルの提案としてデザインしていく、というスタンスが各都市にほぼ共通している。
 都市内のモニュメントや都市そのもののスカイラインをなんとか保持していこうというロンドンのアーバンデザインも、トップダウンで託宣が下されて規制されるのではなく、都市のユーザーたちの願いが世論となってプランナーを後押しする時、おおきな力となる。
 一方で、行政トップのリーダーシップが新しい空間を生み出し、それが地域の将来像に対する具体的なイメージを与えてくれることによって、合意形成が促進されるという側面もある。ニューヨークのブルームバーグ前市長の戦略やマルセイユの欧州文化首都の諸プロジェクトがその可能性を示してくれる。
 都市空間をデザインするというよりも都市生活をデザインすることから戦略的な合意形成を目指すといったほうが、これらの都市のアプローチをより正確に表現することになるようだ。そこには共有できる都市生活の実感を梃子にアーバンデザインの実践を進めていこうという都市戦略がある。これらを通して、新しい時代の都市経営のあり方が透けて見えてくる。
 本書の3部ではこうしたアプローチを同じくする都市の施策を紹介している。

文化の力
 このように欧米、そして一部のアジア都市のアーバンデザインの現在を見てくると、21世紀の都心を牽引していくのはまぎれもなく文化の力であるということに対する確固たる信念があるように見える。
 もちろんここでいう文化にはハイカルチャーだけでなく、生活文化や人間関係が生み出す交流の文化も含まれる。いやむしろ、こうした生活者の文化の力を信頼し、都市のあり方そのものを見直すこと、言い換えると、都市生活そのものを文化の文脈で見直すという都市の文化政策の一翼を担うものとしてアーバンデザインが位置づけられることになる。
 現場におけるデザインの力を前向きに信じることから次の時代の都市像が共有され、都市の再生が果たされていくことが雄弁に語られている。アーバンデザインの試みは一つの有力な都市文化政策であるということをこれらの都市の試みは実感させてくれる。
 これは広い意味での都市経営戦略というべきものである。ここから「都市経営時代のアーバンデザイン」というものを探っていきたいと思う。

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 なお、本書は筆者が代表をつとめてきた文部科学省科学研究費基盤研究費(A)(平成24〜27年度)の研究成果のうち、各国のアーバンデザインの動向部分を取りまとめたものである。出版にあたっては、平成28年度の同科学研究費の研究成果公開促進費(学術図書)の出版助成を得ることができた(課題番号16HP5253)。記して謝したい。
 これまで筆者らのグループは、継続して海外の都市計画やアーバンデザインを比較研究の意味で取り上げ、研究成果を『都市の風景計画 ─欧米の景観コントロール 手法と実際』(2000年)、『都市美 ─都市景観施策の源流とその展開』(2005年)として、いずれも学芸出版社から刊行してきた。これらは日本の都市のあり方を相対化するための私たちなりの努力であったが、今回はこれを一段推し進めて、各都市の個性に合わせて多様な展開を遂げつつある現時点でのアーバンデザインに焦点を当てた。
 その成果は、中間報告として『季刊まちづくり』第41号(2014年1月)に特集「欧米の最新都市デザイン」として発表している。同誌の編集責任者である八甫谷邦明氏には大変お世話になった。今回の最終報告においては、『季刊まちづくり』の原稿に大改訂をほどこし、さらにアジア都市(台北と横浜)を加えることによって新たな視座を加えることができたと考える。本書がこれからの難しい時代におけるアーバンデザインの可能性を考える一助となることを執筆者一同、祈念している。
 最後に、学芸出版社の前田裕資社長には編集者として最初から最後まで面倒を見ていただいた。お礼を申し上げたい。