フランスの地方都市にはなぜシャッター通りがないのか
交通・商業・都市政策を読み解く

はじめに

 フランスの地方都市を訪れると、中心市街地の賑わいに驚かされる。緑の芝生の道をトラムが行きかい、多くの人を運んでくる。老若男女が思い思いに街歩きを楽しみ、広場に面したカフェで憩う。旅雑誌のグラビアそのままの光景が至るところにある。
 しかし、そのような都市空間がフランスでも壊されかけていたということを知る人は少ない。街中まで自家用車があふれ、教会の周りの広場は、駐車場と化した。郊外には大型商業施設が現れ、旧市街の小さな商店の営業は行き詰った。日本の地方都市が抱える問題は彼の地も同じだったのである。
 けれども、フランスでは、シャッター街になる前に、まちづくりの考え方を変え、それを実践した。そして、自家用車の普及にもかかわらず、今日の賑やかな街を創り上げた。そこに豊かな生活を感じるのは筆者たちだけではないだろう。
 これに対し、日本の地方都市の中心市街地は、今やシャッター街の見本市といってもいい。今日では店舗も取り壊され、駐車場と空き地の中にアーケードだけが立ちすくんでいるところもある。かつての中心市街地の賑わいを取り戻すべく、さまざまな取り組みが行われてきたが、フランスとは全く異なる光景になってしまった。
 高齢化、人口減少、地域産業の衰退など、いろいろな事情は考えられるが、今の日本の状況はやむを得ない「時代の流れ」なのであろうか。本書は、現地の人のインタビューも踏まえながら、フランスの実情を整理し、日本の進むべき道を探ろうというものである。
 日本の地方都市の現状がいよいよ危機的な状況になり、その再生に向けて、従来にない模索が始まっている。内容は千差万別だが、示唆に富む提案もあり、我々はすでに多くのことを学んでいる。しかし、取り組むべき課題は依然として多い。筆者らがこれまでも注目し、書物も著してきた交通の問題については、中でも遅れている分野である。交通だけで、まちづくりができるわけではないが、都市のあらゆる経済活動、社会生活は、交通なしには成り立たない。本書では、まちづくりのダイナミズムを支える軸として交通を位置付け、そこから商業政策、土地利用といった都市政策全般まで議論を進める。
 なお、地方都市といっても、「地方」をどのように捉えるのかで、議論の組み立ても変わる。本書では、人口概ね十万人以上、百万人未満の地方中核都市、地方中心都市に焦点を当てていく。より小さな地方都市の問題を看過するわけではないが、日本とフランスでは、こうした中堅の都市の姿に最も大きな差があるからである。
 本書の構成は次のとおりである。まず1章で日本とフランスの今を概観した後、2章でLRT導入による交通まちづくりの全体像を述べる。そのうえで、3章から6章まで、フランスの交通政策、商業政策、土地利用、合意形成のしくみなどの各論を詳しく検討し、7章では、フランスの実態を踏まえ、日本の採るべき戦略・戦術を取りまとめる。フランスと日本では、歴史や制度も異なるが、日本の地方都市再生に向けた何らかのヒントを、読者とともに見つけることができればと思っている。

宇都宮 浄人