あとがき
本書を執筆するため、僕は約一年かけてリサーチと取材で全国のメディアのつくり手たちに会いに行ってきた。その過程で、これまで繰り返し述べてきたとおり、できあがったものそのものよりも、その制作の過程にこそローカルメディアの魅力が詰まっている、ということに気づいた。
現在、各地で生まれつつあるローカルメディアは、内外の人にメッセージを伝える目的ではなく、地域の人と人がつながるための手段になった瞬間に、その本領を発揮していた。いわゆる観光パンフレットや企業広報誌と、本書が言うところのローカルメディアの違いはそこにある。
極端な言い方をすれば、メディアに取り上げられた情報が、都市に住む人々にどれだけアピールするか、なんてことは考えなくていいと思う。あくまで、地元の人々のあいだで交換される、些細な日常やローカルなニュースで構わない。大事なのは、自分たちが住むこの土地が、広漠としたものではなく、豊かで楽しみに満ちたフィールドだと自覚するための媒介物(メディア)になっているか、ということ。大都市で起こるようなドラマチックな事件はないかもしれない。でも、それでいい。それこそが面白いのだ。地域を本当に豊かにするのは、都市の文化を輸入したりそれに追従することではなく、その地域ならではの物語を、その地域に住む人たちで活発に交換しあうことにあるのだから。
地域発信のメディアを紹介する本をつくってみたい、という話を出版社に持ちかけたのは二年ほど前だろうか。その時はまだ取材・リサーチに取り掛かることもなく、ただ一枚のA4の企画書があるだけだった。
実際にどんな話が聞けるかわからないし、紙のローカルメディアがインターネットに押しやられ衰退することなく、今後も増え続けるという確証もなかった。そんな不確かなアイデアを拾い上げ、取材や執筆のプロセスに長い期間寄り添っていただいた学芸出版社の井口夏実さん、神谷彬大さんに感謝の気持ちを伝えたい。
この二年のあいだでも地域発信のフリーペーパーや雑誌、個人出版社が増えてきたように思う。それは東京のメディアが相対的に窮屈な状況に置かれているからかもしれないが、一方で、本を愛する、志のある個人書店が各地に増えたことも大きい。業界の隅っこで編集業を生業とする僕らのような人間、あるいはローカルメディアのつくり手たちは、こうした人々の存在に支えられているからだ。
それから、本書の装丁を手がけてくださったUMA/design farmの原田祐馬さん、僕があくせく集め続けてきたローカルメディアをまとめて撮影してくださり、福岡まで取材に同行してくれた喜多村みかさん、膨大な取材音声の文字起こしを手伝ってくれた加藤千香士くんに御礼を申し上げたい。
古くはラスコーの洞窟壁画や二条河原落書のような匿名の人による発信にまで遡る、と言ったら言い過ぎだろうか。とにもかくにも、誰もが知っている、しゃぶりきったスルメのように味のしない観光地をことさらに取り上げるよりも、匿名の人々のユーモアある語り合いこそが、急速に失われつつある地域の人々のつながりを育んでいるように思う。ローカルメディアは、ささやかだけれどあたたかい、現代版“寄り合い”の場(プラットフォーム)なのである。
二〇一六年五月 影山裕樹
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