未来に選ばれる会社
CSRから始まるソーシャル・ブランディング



まえがき

 本書のタイトル「未来に選ばれる会社」の「未来」とは、「未来の顧客」であり、「未来の社会」であり、そしていまはまだ生まれていないかもしれない「未来の従業員たち」という思いを込めた。結局のところ、会社にとっての最大のミッションは組織や事業を永続化することであり、これらは「サステナブル(持続可能な)」や「レジリエント(しなやかで強い)」という英語でも説明されてきた。
 しかし、「企業が永続的になるためにはただ営利だけを追求すれば良いのではない」という当たり前のことが、現代社会では置き去りにされがちだ。顧客のすぐ後ろには社会があり、後述の「社会満足度」を高めることが企業の寿命を左右する。社会への取り組みを通じてレピュテーション(評価)を高め、企業の発展性を高めることこそが、地域・グローバルを問わず、企業間競争を生き抜くための強力な推進力になるはずだ。
 「当社がCSR活動をやらないと、他社に先を越される。そうなれば競争で生き残れない」。CSV(共通価値の創造)の草分け企業として知られるネスレの担当者も、英国の大手小売業マークス&スペンサーの担当者も、異口同音にこう語った。カルビーの松本晃・会長兼CEOは「CSRはロングターム・インベストメント(長期投資)だ」と言い切った。
 このように「顧客だけでなく社会全体から支持される」ことにより、「未来の顧客」に選ばれるための「強み」を作り上げる作業を「ソーシャル・ブランディング」と本書では定義する。
 この場合の「ソーシャル」とは、「社会と対話する」「何らかの社会的課題を解決する」という意味だ。社会的課題の解決を企業のコア・バリューの中心に据え、あらゆるビジネス判断の場面において、ソーシャルな要素を重要視するブランド戦略を指す。
 CSR活動は決して余剰利益を使ってお付き合いでするものではなく、企業の組織力向上や、経済的・社会的価値創造のために不可欠であり、企業経営と表裏一体であるべきである。
 そしていま、ソーシャルな概念とブランディングは急速に融合しつつある。ブランディングはこれまで製品やサービスの質の向上を通じて顧客に新たな感動を呼び起こすための仕組みづくりだった。しかし海外では、企業のソーシャルな活動に対して「共感」が広がる事例が増え、それは日本にも波及し始めた。
 ソーシャル・ブランディングというと、フェイスブックやツイッターなどソーシャル・メディアを駆使したブランディングやマーケティングと誤解される向きがあるかもしれないが、そうではない。「CSRを起点にして」「CSR活動を通じて」のブランディングであることは、本書で詳しく述べる。


 この本は「企業がCSRをスムーズに導入する」ための手引きでもある。
 日本でCSRは「企業の社会的責任」と訳されてきた。企業も2003年ごろから導入し始め、CSRレポートを発行する企業の数も増えてきた。だが、そのスピードは決して速くなかった。
 その理由は、CSRを「責任」と訳したために「誰かから押し付けられる」感覚が強くなり、反発すら感じる企業人も少なくなかったことにある。どの会社でも、常にどこか他人事のような感覚が付きまとった。
 経営者も例外ではない。CSRは大事だという一方で、多くはそれを神棚にたてまつったままで、日本でCSRを正しく経営に統合できた企業は少ない。CSRの社内浸透も最重要事項だが、これも多くの企業で手付かずのままだ。
 その理由は、3つある。1つ目は、企業で「CSRとは何か」(what)を議論することが少なかったこと。2つ目は、「なぜ重要なのか」(why)が伝わらなかったこと。3つ目は、「では、どうすれば自社で展開できるか」(how)というノウハウに欠けていたことだ。
 この3つの問いに対する答えを描き出すことが、本書の最大の目的だ。1つ目の問い「CSRとは何か」に対する答えは、単なる「社会的責任」というよりは、「社会からのさまざまな要請に対する対応力であり、社会的課題を解決する力」と定義したい。
 2つ目の問い「なぜ重要なのか」に対する答えは、「その企業の価値を高め、未来の顧客を創造し、自社をより永続的に存続させるための重要な手段の1つ」と考えたい。
 3つ目の問い「どうすれば自社で展開できるか」に対する答えは、まずは徹底的にステークホルダーと対話(ダイアログ)をすることに尽きる。
 「寄付やボランティア活動、植林やゴミ拾いをすれば、それがCSRだ」と考えるのではなく、まず社会が何を求めているのかを知り、それに対応すること、つまり法令遵守だけではない「広義のコンプライアンス」である。
 こうしたプロセスを社内に組み込んでいくことこそ、「未来に選ばれる会社」になるための王道である。この本を手にされた皆さんの会社が、本当の意味で「未来に選ばれ」、持続可能な組織として永続していくことを願ってやまない。

2015年8月
株式会社オルタナ代表取締役/『オルタナ』編集長  森 摂