未来に選ばれる会社
CSRから始まるソーシャル・ブランディング



あとがき

 2007年3月、私たちはビジネス情報誌『オルタナ』を立ち上げた。オルタナとは英語の「alternative」から採った誌名で、「もう1つの選択肢」という意味だ。
 創刊したのはリーマン・ショックの直前だったが、すでに世界の資本主義はところどころで「綻び」を見せていた。エンロン事件やワールドコム事件などの金融スキャンダル。日本でも企業による犯罪や法令違反が少なくなく、しかも定期的に起きていた。
 売上高や利益はもちろん大事だが、それと同じくらい大事な「何か」、もう1つの選択肢があるのではないか。正直に言うと、その「何か」はよく分からずに創刊したのかもしれない。「大事な何か」とは─。その命題に対する答えは、創刊から8年の間に、次第にくっき
 りと浮かび上がってきた。
 最近話題のトマ・ピケティ『21世紀の資本』が指摘する通り、長期的には資本収益率(r)は経済成長率(g)よりも大きいため、富の集中が起こる。これによる所得格差や貧富の問題がいまや大半の国で深刻化した。日本も例外ではなく、子どもの貧困率は6人に1人に達した。
 このように「20世紀型の資本主義」が内包する矛盾や課題は、あらゆる国で深刻な社会的課題となった。なかでも途上国の児童労働や労働者の職場環境など「人権」の問題は、いまや世界で最重要のテーマである。地球温暖化や気候変動など地球環境の変化も、私たちの社会や経済に大きな影響を与え続けている。毎年のように世界中のどこかで、洪水によって地域の交通が分断され、グローバル企業の生産活動を止める。食品企業にとっては、穀物の出来や水問題が本業を大きく揺るがす。
 こうした社会的課題を解決するために、企業が社会の声を聞きながら、さまざまなステークホルダーとともに努力すること。これがCSRの本質である。CSRはこれまで「企業の社会的責任」と訳されてきたが、「レスポンシビリティ=レスポンス+アビリティ」という意味において、「企業の社会対応力」と訳す方が正しい。
 この社会対応力こそが、実は企業をリスクから守り、従業員の満足度を高め、生産性を良くし、企業の価値を高めることが分かってきた。私たちが創刊時に意識していた「大事な何か」とは、このことだったのだ。


 『オルタナ』創刊後、私たちは一貫して企業の環境・CSR活動やソーシャル・ビジネス、NGO/NPO活動、社会的課題への取り組みなどを取材し続けてきた。
 株式会社オルタナとしては2011年に企業のCSR担当者向けセミナー「CSR部員塾」を、2012年にはCSR専門のコンサルティング部門「オルタナ総研」を立ち上げた。それ以来、多くの企業向けコンサルティングに関わるとともに、多数のCSR担当者と情報を交換してきた。
 こうした取材や、オルタナ総研のコンサル活動を通じて得た知見やノウハウを、今回、一気にまとめた。いわばオルタナ8年の集大成でもある。
 この本は、企業規模を問わず、あらゆる企業の経営者、経営幹部、そして社員の皆さんのために書いた。すべてのビジネスパーソンがCSRに対する理解を深め、日本企業が国際競争や国内市場の縮小に負けない、本当の意味で「未来に選ばれる会社」になるための参考になれば、筆者にとって最高の幸せである。
 最後に、本書の執筆と編集に協力いただいた下田屋毅さん(在ロンドン)、藤美保代さん(在米カリフォルニア州)、冨久岡ナヲさん(在ロンドン)、吉田広子(オルタナ副編集長)、池田真隆(オルタナS副編集長)、佐藤理来(オルタナ編集部)、佐藤綾子(オルタナ経営企画室長)、安保瑞枝(デザイナー)、そして学芸出版社編集部の宮本裕美さんにも深い謝辞を表したい。
2015年8月
株式会社オルタナ代表取締役/『オルタナ』編集長  森 摂