太子堂・住民参加のまちづくり
暮らしがあるからまちなのだ!



あとがき


 この小冊子は、太子堂まちづくりのあとを継いでくれる地元の人と行政の担当者に、まちづくりの経過と私がどのような考えで取り組んできたかを理解してもらうために書いたもので、いわば「太子堂まちづくりの引き継ぎ書」です。
 後から通読してみると、散漫でくどく、重複が多い文章のため、3、4、5章は太子堂を知らない人には理解しにくい内容ではないかと思います。
今回、学芸出版社から出版することになったので、太子堂を知らない読者にも理解していただける内容に書き直すべきだと考えたのですが、わずかに手直しをしただけで見直しを断念しました。どうか老体の文章とお許しください。
 太子堂の三十余年のまちづくりで私が学び、読者のみなさんに伝えたいことは「はじめに」で書いた五つ視座に要約できます。もちろん、今後の時代変化によって見直すことが必要になると思うし、また地域によっては違った視点を加える必要もあると思います。

 もう10年ほど前になりますが、あるシンポジュウムのパネラーに招かれたことがあります。その時の司会者だった早稲田大学の佐藤滋教授が「私がまちづくりの研究を始めたころから活動している古典的≠ネ太子堂まちづくり協議会の梅津さんです」と紹介されショックを受け協議会の副会長を辞任しました。
 高村光太郎は、『道程』と題する詩の一節に「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」と書いています。私も若いころは、新しい道を切り拓きたいと気負って仕事をしてきました。しかし、自分の軌跡を振り返ってみると新しい道を切り拓いたと主観的に考えていても、後を歩く人がいなければその道に草が生い茂って消滅していることを数々経験してきました。
 佐藤滋教授が、太子堂のまちづくりを古典的≠ニ表現されたのは、住民参加のまちづくりの先進事例と評価されたことばと勝手に解釈しています。もっとも「古典」ということばには、「永く残るべき価値の定まった書」という意味もありますが、太子堂の住民参加による修復型防災まちづくり≠ヘ、しょせんガラバゴス島的な独自に進化してきたまちづくりですから普遍的な価値を持っているとは思えません。
 戦前、公害の原点と言われた古川財閥の足尾銅山が、官憲の力を借りて農民の反対運動を弾圧したのに対して、住友財閥の支配人・伊庭貞剛(後に総理事)は、別子銅山の精錬所を新居浜から瀬戸内海の四阪島に移し、さらにドイツの技術による脱硫装置を設置して公害問題を解決するなど、企業の社会的責任に徹した経営者でした。
 その伊庭貞剛が「事業の進歩発展に最も害するものは、青年の過失ではなくて老人の跋扈である」との言葉を残しています。私も老害を残したくないので、論語に書かれている「七十にして心の欲する所に従い矩(のり)を踰(こ)えず」「隠居して以て其の志をもとめ義を行いて以て其の道に達する」という孔子のことばの心境になりたいと考えました。
 しかし、隠居しても私などは「小人閑居(かんきょ)して不善をなす」のことわざのように老化にともなって抑制力がなくなり、ついつい若い人たちの発言に口を挟んで嫌われていますから、傘寿を機に引退宣言をして協議会や学校協議会などの役員を辞任させてもらいました。
 そのようなわけで、引き継ぎのために筆を執りましたが、この小冊子が他の地区のまちづくり活動に役立つかどうかは判りません。できれば、太子堂のまちづくりの経験と考え方を参考にして、それぞれの地域住民が自分たちのまちの問題点や将来を話し合える「ひろば」をつくり、独自の新しいまちづくりの道を切り拓いてほしいと願っています。
 まちづくりの「ひろば」は、協議会といった組織形態にとらわれず、学者、専門家、行政と住民が「専門知」と「生活知」を融合させながら、時代の変化に適応する創造的なまちづくりを進めて地域の自治力を高めることを目的にした話し合いの場≠フことです。
 こうした考えは、グローバル化時代に求められている競争と選択と集中の時代に逆行する考え方かもしれませんが、現在の世界的な新自由主義市場経済の行き詰まりから脱却するには、地域のことは地域住民自身が考え、決める力を育てて自治力を高めると同時に、他の地域と連携していく新しい枠組みを確立することが私たちの暮らしをまもる道と考えているからです。

 最後に、太子堂のまちづくりを支え、指導してくださった多くの皆さんに感謝いたします。とくに、今回の出版にあたって推薦者になってくださった方、私の拙(つたな)い原稿を読んで出版社の人を拙宅まで連れてきて、いろいろ面倒を見てくださった五十嵐敬喜さん(日本景観学会会長、弁護士、法政大学名誉教授)、井上赫郎さん((株)まちつくり研究所代表)、上梓にあたって解題を書いたくださった延藤安弘さん(NPO法人まちの縁側育くみ隊代表理事・元千葉大学教授)、推薦文のため太子堂を訪ねていただいた山崎亮さん(株式会社studioL代表、山形芸術工科大学コミュニティデザイン学科学科長)たちにお礼を申し上げます。
 また、学芸出版社の前田裕資さん((株)学芸出版社代表取締役社長)には、営業政策に反する条件をいろいろ注文したので、社内での調整にご苦労をおかけしたと思いますがお許しください。

                    太子堂2、3丁目地区まちづくり協議会
                                   梅津 政之輔