藻谷浩介さん、経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのでしょうか?


まえがき──────藻谷浩介 


 これは、…本当は出したくない…と思いながらも、本当に仕方なく決心して出す本です。
 内容には太鼓判が押せます。地域の現場でお仕事されているコミュニティデザイナー山崎亮さんとの、数百人の聴衆の前での対談を、その場で話が出たまま活字にしているのですが、自分で読み直してみても「なかなか深い話をしているな」と感心してしまうほどです(笑)。打ち合わせもなく話の流れも一切決めずに始めたのですが、お互いに相手を得たと申しますか、聴衆を意識した掛け合いの中で自然に筋道が立ち、事柄の本質に切り込んだ中身となりました。同じことを一人で書くのは到底無理であり、同じ設定をしても同じ話を再現するのは無理でしょう。
 ですが私は、出版を想定していませんでした。山崎さんと聴衆に納得してもらい、これからもそれぞれの地域で元気に活動してもらうことが、私のその場での目的のすべてでした。そもそも自分の名前で本を出すこと自体に意義を感じませんし、第一、このような題名で出版などすれば、経済成長が一番大切だと思っていらっしゃる方から、「とうとう藻谷は経済成長は要らないと言い出したぞ」と誤解されかねず、実に気が滅入ります。

 ということで臆病風に吹かれ、対談後にさんざん出版話を引き延ばして来たのですが、ついに泣き落とされました。たしかにこの本は、地域の現場で経済の現実と苦闘している人には、大きな勇気を与えることでしょう。他方で経済学を本当に理解している人、内包だけでなく外延も把握している人は、「一般常識に沿った当然のことが書いてある」と思うだけで、別段怒りはしないでしょう。実際問題、これは経済成長の必要性自体を否定する本ではありません。ましてや経済学そのものに喧嘩を売っている本でもありません。
 そうではなくこの本を読んでいただきたいのは、現実にこの二〇年間以上経済が成長していないこの国の隅々で暮らす普通の常識人です。みなさんにこそ知っていただきたい、ちょっとした自信と勇気と希望が湧いてくるような事実が、この本には書かれています。背景から離れて一人歩きしがちな数字を、生身の現実の中に引き戻す作業が、対話の中でわかりやすく繰り広げられています。きちんと最後まで読んでいただければ、「経済成長は目標ではなく、まあ要するに手段の一つ、では目標って何だったっけ?」という問い直しが、みなさんそれぞれの心の中に広がっていくことと思います。

 なお、二時間という枠の中で話が転がって行った範囲をそのまま収録していますので、問題を網羅的に語っているわけではありません。山崎さんが地方の現場の活性化を主たるお仕事としている関係で、話の重点は、経済成長から取り残された過疎地をどう考えるのかというところに置かれています。またエネルギー面からの経済成長への制約という、震災後の日本と世界でより深刻化している問題にもまったく言及できていません。『デフレの正体』(角川書店、二〇一〇年)で指摘した私の持論の人口制約の問題にもほぼ触れられなかったくらいですから、以上のような偏りはどうかご容赦下さい。
 また、今回の話の流れでは、個人の幸せの話に終始し、社会全体をどう変えていくかについても触れていません。それに関しては、日本のあらゆる問題が集中的に現れている場である、中心市街地の再生に関する本を現在、執筆中です。さらには『デフレの正体』に書いたような人口成熟が、世界各地でどのように進み始めているのか、エネルギーは足りるのか、日本は何に向けてどうしていくべきか…、考えなければならないテーマは山積しています。考えるだけで本になるならこれほど楽なことはないのですが(笑)。

 みなさんも日々お感じではありませんか。皆が口にする、いかにももっともらしい総論が、どうも自分が身の丈で感じる現実とはずれているということを。そういう総論を、現場での経験から帰納する中でいかに修正し、自分の腑に落ちる話に組み立て直していくか。現代に生きる我々に不可欠なこの知的作業、知的遊戯の世界を、どうかページを開いてお楽しみ下さい!
二〇一二年六月