都市環境デザインのすすめ
人間中心の都市・まちづくりへ

はじめに―本書のねらい


 私どもの身のまわりの「都市」そして「地域」や「まち」、それを巡る価値観は、この数十年の間に大きく変わりつつある。例えば、地球温暖化問題や市民層の環境意識の高揚、そして11年3月11日の東北地方太平洋沖地震の被災は、私たちの社会が知らず知らずのうちに高エネルギー依存型に移行していたという実態をまざまざと見せつけてくれた。これを契機として、私どもの都市への価値観は大きく変革を遂げるのであろうか。その点もあらためて問いかけたい。
 実は筆者は大都市や地方の中小のまちに専門家として関わり、各地の現実の姿を見るにつけ、従来型のまちづくりを展開してよいのかどうか、という疑念を抱いてきた。とりわけ、わが国の地方都市の中心市街の空洞化に代表されるインナーシティ問題である。
 近代都市計画の先進国と言われる欧米においても、実はその兆候は50〜60年代に顕れ、それをいち早く修正していったという事実がある。それに成功したまちの中心部には今や多くの市民の姿があり、実に活気あるまちとなっている。それは自動車社会に代表される機能的なまちづくりを改め、地域の伝統を重んじた人間中心のまちづくりへの回帰を目指した結果であった。わが国のまちづくりも、その点を踏まえつつ、転換していくべき時機が到来しているように思う。
 それは、これまで多くの識者の方々が提言されてきたことでもある。その政策転換は地方だけではなく、大都市においても共通の理念に基づいて展開されていった。その主軸は、
 ・まちの活力の原点は個々の市民生活の基本となる住まいから
 ・地域の歴史文化、すなわちまちのアイデンティティ、誇りの尊重
 ・自動車依存型社会からの脱却と都市らしい文化・生活環境の再生
の3点であり、それを受けて都市空間が丁寧にデザインされていることである。
 70年代から本格化する欧州を中心とするエネルギー政策の転換、それに拍車をかけたのが86年のチェルノブイリ原発事故であった。一部の国では環境重視の政策が採用される大きな契機となった。今では欧州一円で自然エネルギー活用、省エネ都市運動に発展し、LRTなどの公共交通を軸に都市を再構築し、そして街なか居住も実現していった。その中で、自動車などの文明の利器を否定するのではなく、うまく共存させるという、環境にやさしいまちの姿の実現、そして再生へと大きく舵を切ったのであった。
 上記の話はほぼ同年代にわが国にもいち早く紹介されたが、それは断片的に取り入れられたにすぎず、必ずしも実を結んだわけでもないような気がする。一方、ごく希にではあるが、首長のリーダーシップのもと、継続的に取り組まれ、専門家の力も発揮され、成果が見えてきた事例もある。
 その意味では、今回の震災を、わが国が都市計画やまちづくりの方向を転換する好機と捉えたい。そこで本書では、人間中心の都市政策のもとに、そのキーワードとしての「都市環境デザイン」、これを位置づけたうえで、総合的な取り組みの一環として、まちの居住空間のあり方、歴史文化の尊重への意識変革、そして公共空間のデザイン、ひいては「人間中心の都市づくり」について解説したい。そして次世代を担うべき若者たちにその役割を託したいという思いもこの書に込められている。

12年3月
中野恒明