100%再生可能へ!
欧州のエネルギー自立地域

おわりに


 始まりは、およそ40年前、少数のパイオニアたちがいくつかの地域で水面に投げた小さな石だった。石が水に落ちると小さな波紋が生じた。パイオニアたちは、幾度となく石を投げ続けた。信念をもって粘り強く再生可能エネルギーの未来を訴え、行動し続けた。たくさんの小さな波紋は時間とともにゆっくりと広がり、相乗的に力を増していった。そして技術の進歩と相まって、大きなうねりとなり、政治を動かし、制度を変えた。新しい制度は、波の力と勢いをさらに増幅させ、技術のさらなる発展も促した。1986年のチェルノブイリの原発事故、1992年のリオの国連環境会議、1997年の京都議定書といった世界的な事故や会議も、欧州の再生可能エネルギー利用の波を加速させた。そして2011年3月11日に起こった福島第一原発の事故は、欧州に決定的なインパクトを与えたし、これからもその影響は持続していくだろう。

 地域のパイオニアたちは、長い間、まわりから「非現実的な夢想家」「極端な理想主義者」などと非難、中傷されながらも、「ユートピア(理想郷)」を頭に描き続けた。時間とともに実践と経験が積み重ねられ、当初のぼんやりとしていたユートピアは具体性を備えた明瞭なビジョンとなった。そして今では、ユートピアという言葉はほとんど使われていない。夢物語が実現可能なリアルな未来像となったからだ。本書にも紹介しているように、小さな自治体レベルでは、100%再生可能エネルギーによるエネルギー自立を達成しているところもすでにある。ここ数年でエネルギー自立に挑戦する自治体や地域は急速に増え、個々の自立の単位(エリア)は拡大している。

 地域分散型を前提とする再生可能エネルギーによるエネルギー生産事業は、地域マネーの投入を促している。地域住民や地域企業、または自治体が投資家になり、経営者になり、利益を受けている。また、エンジニア、プランナー、施工業者など、地域に新たな雇用が生まれている。その数は、ここ数年の間に急速に伸びている。再生可能エネルギー分野の雇用は、ドイツでは、1kWhあたりで比較すると、原子力発電の10倍近くある。総雇用者数はもうすぐ40万人に届く勢いで、地域経済の観点からだけでなく国民経済的にも重要な産業分野に急成長した。エネルギー生産が分散することにより、経済活動も富も分散する。地域が豊かになる。

 オーストリアの過疎地域の振興に、学者として積極的に従事し、大きな影響を与え、未来学者と呼ばれているハンス・ミレンドルファー教授は、こう述べている。

 「あなたたち、地方の人々は、昨日の落ちこぼれではない。明日の優等生だ。工業化社会の未来は農村地域が決める」

 都市部へ、水や食料、木材やエネルギーを供給しているのは農村地域である。また美しい自然と文化を持つ農村地域は、都会の人々にとって重要な保養の場所でもある。農村地域は、国の基盤であり命綱で、多くの人々の心の拠り所でもある。欧州の農村地域も、過疎、高齢化、農林業の衰退、生活インフラの質の低下など、日本と類似の問題を抱えているところが多い。これまで、農林業や観光業、地域伝統産業の分野で様々な取り組みが行われてきており、復興に成功している地域、農村も多くあるが、ここにきて、再生可能エネルギーが、地域社会の再生やさらなる発展にとっての重要な「道具」として、大きな意味を持ち始めている。再生可能エネルギーで自立をしようとする地域の主要なモチベーションもここにある。他方、世界の人口の半分以上が集中する都市部でのエネルギー自給の推進も大きな課題であり、エネルギー需要が高い分、それがもたらす効果は大きく、本書でもいくつかの先進的事例を紹介した。

 分散型の再生可能エネルギー主体のエネルギー供給システムに移行していくためには、いくつかの大きな課題がある。代表的なものは、分散型生産・供給に合った電力系統の強化と拡張、電力需給のスマート化、蓄電技術の開発と導入であり、本書でも論じた。また、再生可能エネルギーへのシフトは、同時に、一極集中型の産業構造から分散型の構造への移行でもあり、社会構造の大きな変換を必要とする。これらの課題、構造の改変は、数十年の歳月がかかる息の長いプロセスである。

 現代の私たちは、政治、行政、経済、学問、とあらゆる分野において、短期的に成果が求められる仕組みの中で生きている。息の長い事業や課題が行われにくい状況がある。短期的に結果を出すために、人々は、まず既存の枠組みの中で何ができるか考える傾向が強い。

 一方で、再生可能エネルギー主体のエネルギー供給を州や国レベルで達成していくためには、既存の枠組みを変えていかなければならない。現代社会の仕組みの中ではとてもやりにくい仕事である。にもかかわらず、欧州では、本書に紹介した国や地域を中心に、その困難な事業への取り組みが始まっている。歴史に残る大きな構造変革が起こっている。そうさせている原動力は何か。変革を促している根底には「再生可能エネルギーによって地域が豊かになる。国も豊かになる」という、多くの人々を幸せにできるビジョンがある。そのビジョンを構築し、強力に鮮明にしてきたのは、地域の現場で活動する勇気あるパイオニア、実践家、政治家、企業家、市民たちである。小さな点の活動が線で結ばれ、面的な広がりを持ち、社会的な潮流となって、国やEUの政治を動かし始めている。

 本書は、欧州に暮らす5人の日本人ジャーナリストが、「フクシマ」という重く深刻な運命的打撃を受け、それを背負って生きていかなければならない祖国に、新しい夢とビジョンを与えたいという思いで書いた。ここに描かれた夢やビジョンは、社会変革を伴うものであり、達成するのは簡単ではない。しかし一方で、幸せで安心して暮らせる国と地域をつくれる魅力的なビジョンであり、その気になれば十分に実現可能である。真摯に誠実に日本の未来を考え行動をしていく人々に、欧州の地から声援を送り続けたい。

 最後に、本書に対してすばらしいメッセージをいただいた音楽家の坂本龍一さん、多数の著者間の複雑なやりとりをまとめて下さった編集者の宮本裕美さん、手に取りたい本づくりに尽力下さったデザイナーの吉村雄大さん、そして各国の取材先の皆様のご協力に心より感謝します。

2012年1月 執筆者を代表して 池田憲昭