観光のビジネスモデル
利益を生みだす仕組みを考える

はじめに


 2009年11月から毎月1回、東京の八重洲にある流通科学大学の東京オフィスで「観光ビジネスモデル研究会」を始めることになりました。観光の学科をかかえる大学ではありましたが、そもそも観光学は学問的に確立されていないだけに、本学の観光学科としての特徴とは何かをもっとしっかりとしたものにしなければならないという思いがありました。マーケティングと流通、実学を基盤としている大学ですから、観光事業の分析を中心としたサプライサイドの視点を出発点として研究会を立ち上げようということになったのは、初回を開く4カ月前の暑い盛りの頃でした。
 折しも2009年という年は、前年のリーマン・ショックの影響から企業業績は芳しくないところが多く、日本国内で流行した新型インフルエンザの影響もあって、観光業界も苦しい経営を強いられた年でした。日本のフラッグキャリアだった日本航空も、2010年1月に会社更生法を申請して破綻をするのですが、そのスキームをめぐっての議論が活発に繰り広げられていました。
 しかし、そんな逆風の中でも業績の良い企業もありましたから、この両者の間に横たわるのは何だろうか、ということを考えさせられました。どの企業も優れた人材によって経営されており、彼らはみな勤勉で頑張っているではないか。それなのにボトムラインに表れる利益に大きな差が出ているのはどうしてなのだろうか。ヒト・モノ・カネの経営資源やそれに基づいて立てられる戦略ではなく、この両者の間にはもっと本質的な違いがあるのではないかという疑問がありました。こうした思索の中で、「利益を生みだす仕組み」としてのビジネスモデルの設計に違いがあるのではないかと考えるようになりました。議論が進んでいた研究会のテーマを「観光のビジネスモデル」としたのはこのような経緯からでした。
 大学生の就職人気ランキングの上位には観光産業に関わる企業が数多く顔を出し、日本政府も『観光立国推進基本法』という法律の中で初めて「立国」という文字を使うほど気合いを入れているにもかかわらず、観光業界で働く人たちからは停滞感や閉塞感を感じるという声も聞いていました。そこで、「観光ビジネスモデル研究会」では、観光業界の明日を切り開く可能性をもつビジネスの仕組みを事例で紹介し、そのプロセスの可視化を図るとともにマーケティングなどの経営学や経済学の理論と照らし合わせて考えてみるという内容で開催していくことにしたのです。そうすることで、観光に携わるビジネスマンや行政関係者に「明るい観光の未来」を提示するとともに、ともすれば表面的な理解に終わって現場に役立つことが少ない理論を真に理解し、応用できる力をつけてもらえるようにするにはどうしたら良いのかを探っていこうという研究会の趣旨もはっきりとしてきました。
 毎回の研究会では、観光関連企業と地域の観光振興事業から1つずつ事例を紹介してもらい、2つのテーマを議論するという贅沢な内容でスタートをしました。参加していただいたのは、大学の研究者だけでなく、観光庁や経済産業省、さらには東京都や神戸市などの自治体で観光行政に携わる行政マン、JTBや全日空などの観光関連産業のビジネスマンの方々でした。講師の方々には事業タイプの特性や事業の仕組みについての解説とともに、新しい挑戦的なビジネスモデルや優位性をもたらしたビジネスモデルの凄さや面白さを紹介していただきました。日々、環境の変化に向き合い、新しい切り口を追い求めている人たちが偶然と必然を積み上げながらビジネスモデルを磨き上げていく様子は、研究会の聴き手にワクワクした高揚感を与えてくれました。
 本書は、研究会の講師の方々に、その時の内容を基にしてまとめていただいたものです。皆さんは日頃の業務がお忙しいビジネスの最前線に立っておられる方々で、時間の合間を見つくろって執筆をしていただきました。一方、「観光ビジネスモデル研究会」は流通科学大学の社会連携推進課の職員の皆さんを中心に支えていただきました。 この場を借りて皆さんにお礼を申し上げます。
 また、本書の企画にあたっては、当初から学芸出版社取締役の前田裕資さんにお世話になりました。2009年からまる2年の時間がかかってしまいましたが、前田さんの励ましと同社の森國洋行さんのしっかりとした編集作業のおかげで、出版までこぎつけることができたと思います。末尾になりましたが感謝を申し上げます。
  2011年11月
編者 流通科学大学学長 石井淳蔵 
同教授 高橋一夫