食旅と農商工連携のまちづくり


プロローグ ─始まりは一人の女性の熱い思いから


 「朝霧高原でさぁ、菊芋で何かやりたいんだよね」。
 2009年初冬、富士山の西麓に位置する静岡県富士宮市の富士宮商工会議所主催、朝霧高原での「農商工連携等人材育成セミナー」。たまたま受講生として参加していた筆者(才原)に、同じく受講生で顔馴染みとなった一人の女性が声をかけてきた。
 「朝霧高原で」「キクイモで」。
 朝霧高原はともかく、「キクイモ」は初めて聞く名前であった。
 富士山の西南に広がる富士宮市は、富士山を御神体とし、その富士山の大噴火で荒れ果てた地に、山霊を鎮めるために建立されたと言われる富士山本宮浅間大社の門前町として栄えてきた。昨今は、B級グルメの初代チャンピオン「富士宮やきそば」の人気が高く、「食のまち」として全国的にその認知度は高まっている。
 その富士宮市の北部に位置する朝霧高原は、間近に富士山を望む絶好のロケーションのもと、富士山の豊富な湧き水と豊かな緑に恵まれ、酪農の盛んな地域でもあった。
 しかし、その朝霧高原も近年は課題を抱えていた。かつて栄えた酪農は、原乳価格の下落などによって衰退し、荒地化した酪農放棄地が増えて目立つようになり、景観の悪化が進み始めていた。また標高の高いこの地域は気候が寒冷なうえ土壌が薄く、地表のすぐ近くまで岩盤がきている。農作物を育てるには厳しい条件であり、農地としても適していない状況であった。
 また、富士山という偉大な自然資産を有しながら、それを観光資源としても活かしきれておらず、同様の条件下にある周辺の地域(御殿場、山中湖・河口湖、十里木と比べ、観光事業への取組みや特産品開発も遅れをとっていることは否めなかった。
 さて、その女性は、後にこのプロジェクトの顔、なくてはならないキーマンとなっていく長谷川瑠美子氏((有)ホットプランニング取締役)である。彼女は、その朝霧高原を「菊芋」なるもので元気にしたいと言う。菊芋はイヌリンという有用成分を多く含んだ食物であり、さらに朝霧高原はその菊芋の栽培に適している。だから、必ず何かができるはずだと熱く語る。「菊芋?」「イヌリン?」そうして私は、その熱意と意欲に半ば圧倒されながらも、瑠美子氏の案内のもと朝霧高原を見てまわった。まだ11月下旬だというのに早くも小雪がちらつき、寒冷な気候だということを実感させられる。すぐそばに富士山の雄姿が望める場所、おそらく反対側の富士山のふもと富士五湖あたりでは、紅葉の見おさめをしようという観光客で賑わっている時期であろうが、ここは小雪の舞う寒さにひっそりと肩をすぼめていた。
 「もったいない」これが私の印象であった。そして「何かできるはず」という瑠美子氏の熱い思いにも同感し、私たちはすっかり意気投合した。
 こうして私は、その後の朝霧高原における菊芋でのまちづくりに微力ながら係わっていくことになるのであった。