食旅と農商工連携のまちづくり


エピローグ


 第4章では、地域の農林漁業者と商工業者が協力して農水産物を使って食の特産品を開発し、観光産業とも連携し交流人口を増やす取組みをしているまちを紹介してきた。
 食の特産品を開発し、流通を開拓し販売するだけではなく、地域の自慢の食を全国に発信し、食旅の訪問地として観光客に来てもらわなければ、本当のまちづくりにはならないと考えている。しかし、「観光客にまちを荒らされる」「観光客をもてなすのは大変」という理由から観光客に眉をひそめる農業者、漁業者はまだまだ多い。取材中、「観光客は農産物の質を低下させ、施設の質まで低下させると思っていた」と、食と農をテーマにした施設の役員が語っていた。確かに一見の観光客ばかりでは、その通りになってしまうかもしれない。しかし、農産物の直売所に、農産物を買う目的でやって来る観光客が、そのまちを好きになり、リピーターとなり、質の良い農産物を求めるようになり、そのような観光客の存在が農産物の質を高め、その評判がまた観光客を増加させる。実は、その施設もいつのまにかレストランや温泉まで有する日本有数の食と農のテーマ施設として発展している。

 発地型旅行、着地型旅行という言葉がある。発地型旅行というのは、旅行会社が、旅行に行く人のニーズに合わせ全国の観光先をアレンジする旅のことである。大手旅行会社が仕掛け人となって、色々な企画を考え主に都市部の消費者に働きかける。例えば、近年「パワースポット」「山ガール」「歴女」などのブームにより、今までは静かな観光地だったところに若い女性を中心とした観光客がおしかけることとなった。しかし、この発地型旅行の場合、ところによっては観光地の望まない観光客ばかりが増えることも起こりかねない。また一時賑わってもブームが去った後は誰も来なくなってしまうということもある。もちろん、これがきっかけになり新たな持続的な観光地が誕生していくこともある。
 一方、着地型旅行は、観光地が自分たちの本当の良さを伝え、その良さをわかってくれる人だけに働きかける旅行のことである。発地型旅行に比べ情報の伝達は難しく、時間もかかる。しかしそこでつかんだ観光客は、一過性のものではなく、リピーターとなって長年にわたって地域のファンとなり、応援してくれる筈である。
 食をテーマにした着地型旅行には、さまざまな担い手が登場している。市町村の観光課などの行政や観光協会、旅館組合や温泉組合だけではなく、食材の源である農業者、漁業者、すなわち農業協同組合、漁業協同組合、農水産物を加工する加工業者、それに係わる流通業者、商工会議所、青年会議所、飲食業者組合、商店会、NPO法人、市民団体などだ。農商工連携がさらに進み、まちが一つになっていく。これが食旅の観光まちづくりの最大の特徴である。彼らの観光に対する、前例にとらわれない自由な発想やアイデアが新しいまちをつくっていくに違いない。

 2011年3月11日に発生し、未曾有の被害をもたらした東日本大震災は、数千人もの不明者捜索と原発への不安を残しながらも復旧から復興の段階へと歩み始めている。その道程は容易ではないが、多くの支援を受けながらも地域の人々の力で進んでいくだろう。まちが流され、破壊されても、そこに脈々と営まれてきた、暮らしや人と人との絆はなくなることはない。本書のテーマである地域の食や食文化も必ず再生し、地域固有の宝物となっていくはずである。
 とくに、甚大な被害を受けた三陸沿岸地域には、豊富な種類の魚介類が水揚げされ、それらを素材とした料理や加工品が観光資源となっていた。また、内陸においても特異な農産物や酪農製品を観光資源としてまちづくりを進めていた地域もあった。これらのまちも、インフラの整備、コミュニティの復活とともに、地域らしい食による観光まちづくりへの挑戦が期待される。観光だけが復興の決め手ではないが、観光の力が新たなまちづくりに必要だと確信している。微力ながら、観光を通して、被災地域の持続的なまちづくりの支援ができればと願っている。

 朝霧高原では2011年、産学連携として近隣の大学生の協力を得て、昨年を大きく上回る面積に菊芋の植付けを行った。富士山を背景に朝霧高原一面を黄色に染める花畑ができ、その花畑の中で全国から訪れた多くの観光客が菊芋の料理や食品に舌鼓を打っている光景が、徐々にではあるが、現実のものとなりつつあるようだ。
 第1章で登場していただいた「菊芋パワープロジェクト」の長谷川瑠美子委員長、田中一史副委員長、村上博史さん、古屋学さん、そして事務局としてご尽力いただいた富士宮商工会議所の植松誠さんには1年間大変お世話になりました。また、各地で農商工連携を実践している皆さん、快く取材に応じていただき、心から感謝申し上げます。さらに「菊芋パワープロジェクト」では専門家としてプロモーションや商品コンセプト作り等の指導に携わり、また各地での農商工連携事例においても取材や情報収集など様々な助力をいただいた山本裕美さん、本当にありがとうございました。そして、本書の出版にお力添えをいただき、執筆中にも的確な助言を頂いた学芸出版社の前田裕資さんに紙面を借りて改めて御礼申し上げます。

安田 亘宏 
才原清一郎