都市・まちづくり学入門


はじめに


 本書は、日本都市計画学会関西支部20周年を記念して出版されたものである。
 関西支部では、平成16年度〜19年度に、鳴海邦碩大阪大学名誉教授を委員長として「都市計画教育と都市計画に関わる人材育成に関する研究特別委員会」を立ち上げ検討を重ねてきた。これは、近年、都市計画を巡る状況が急激に変化し、それに対応した新たな都市計画教育や人材育成について議論するためであった。都市計画という概念からまちづくり概念に社会的関心が移行し、そのなかで都市計画分野の専門家に要請される内容に変化が生じつつある。また、こうした変化を受け、都市計画学会に所属する大学教員の所属する学科や専攻も多様化している。
 そこで、学会支部では、建築系、土木系、造園系など都市計画を担う既存分野の変化の実態を把握し、これからの都市計画がめざすべき方向を検討すること、また、大学教育を中心として都市計画分野の若手育成の方向や卒業生の新たな仕事分野の開拓の方向を考察することをめざして、特別委員会を組織したものである。
 その後、さらに検討を進めるために、平成20年度〜22年度に「新しい都市計画教程研究会」を立ち上げ、これからの都市計画のあり方にふさわしい都市計画教程のあり方について検討を重ねた。この研究会の初代委員長は榊原和彦大阪産業大学教授であり、その後、私が委員長を引き継ぎこの出版に至っている。
 こうした都市計画の変化について、広原盛明京都府立大学名誉教授は、2004年の京都市職労のインタビューで次のように述べている。「今までの都市計画のようにまったく新しい大きなハコモノを造るときは予算も権限も技術も必要ですが、これからは(略)都市そのものはもはや大きくする必要がない、すでに出来た街をどうやって改善していくかということになると、これは役人とか専門家は脇役でいいようになります。そこに住んでいる人たちがまちづくりの主役にならないとうまくいきません」「このような運動に対して行政のとるべき態度は、役所はどうやって住民をサポートしていくべきかということでしょう」「地域に蓄積されてきた高度な生活文化を学ぶという謙虚な姿勢で入ってきて欲しいと思います。このような考え方は、従来のハコモノ中心の都市計画論、都市開発論とはまったく違います。むしろ社会学に近いまちづくり論かも知れません」。
 人口減少時代に入り、成長・拡大を前提とした都市計画を根本から問い直すとともに、都市・まちづくりに関わる専門家の職能も大きく転換していく必要がある。工学技術を主体とした都市計画から、都市の文化を理解し、住民主体のまちづくりを支援していく新たな専門家像を検討していくことが求められている。都市・まちづくりを担う人材を養成する学部・学科が多様化していることは、こうした変化に呼応したものだといえる。政策学や社会学をはじめとした社会科学系の分野にも、都市・まちづくりを学ぶコースが増加している。本書は、こうした新たな枠組みで「都市・まちづくり学」を教える教科書としての役割も担っている。

 本著では、都市計画の構造転換を「大きくつくる」都市計画から、自然な小さな変化を自律的に積み重ねる「結果自然成(けっかじねんになる)」の都市・まちづくりへの転換と捉え、論を展開する。これは先述の「今までの都市計画のようにまったく新しい大きなハコモノを造るときは予算も権限も技術も必要ですが、これからは都市そのものはもはや大きくする必要がない」という広原先生の指摘とも符合するものである。ハーバーマスが考察しているように、近代という時代は、経済システムと国家・行政システムで社会を動かしてきたが、近代都市計画も「金」や「権力」を使って都市を造ってきた。これには一定のパワーが必要であった。
 しかし、人口減少時代を迎えるこれからは、省資源・省エネルギーで都市・まちづくりを進めていくことが求められる。地域に存在する資源を活用し、資源の関係性を紡いでいくことで「自ずと成らしめる」まちづくり、へと舵を切っていくことが大切である。そこでは、地域特性を読み解く技術、多様な主体の連携による協働のまちづくりのシステムづくり、そして、環境や社会・人と人との共生を指向した都市・まちづくり、が重要となる。こうした都市計画のパラダイムシフトの意味を理解し、これからの都市・まちづくりを担う人材養成に資することが、本著のねらいである。

 以上の内容を受け展開する本書の各章の位置づけと意味を整理する。
 序章は、本書がめざす都市・まちづくりの方向性を位置づける章であり、従来の都市計画の概念や手法をどのように転換していけばいいかについて概観する。
 本論は、2部構成となっている。まず、T部「都市の空間構成を読み解く」では、環境特性や空間秩序を読み取り、都市・まちづくりに活かすための基礎知識や技法について述べる。1章「農から学ぶ空間秩序」では農村空間を構成する空間秩序を、2章「都市空間の秩序とその諸相」では都市空間を構成する空間秩序を、そして、3章「人びとの生活から都市空間を読み解く」では生活行為と都市空間の関係性を読み解くための基礎知識を学ぶ。
 続いてU部「協働・共生のしくみづくり」では、新たな都市・まちづくりを展開するためのしくみづくりについて言及している。「協働のまちづくりのしくみ」を述べる部分では、4章「協働のまちづくりのあり方」でネットワーク社会にふさわしい都市・まちづくりシステムの方向性を概観し、5章「コミュニティと地域自治」で住宅地を中心とする居住空間を住民自らがマネジメントする方法論を、6章「都市のマネジメント」で都心部における自発型マネジメントの方法論について述べる。
 続いて「協働のまちづくりを担う人材」を述べる部分では、7章「まちづくりを支える専門家」で都市・まちづくりを担う新たな専門家像について、8章「まちづくりを担う市民」で都市・まちづくりの主体者としての市民像について、9章「自律的まちづくりのきっかけをつくる職能」で住民の自律的なまちづくりを促進させる専門家の役割について言及する。
 最後の「共生のための都市・まちづくり」を述べる部分では、10章「自然の摂理を活かしたまちづくり」で風土を活かした都市・まちづくりの方法論について、11章「都市と自然の共生」で都市と自然の共生のあり方について、12章「人と人との共生のまちづくり」ですべての人が幸せに暮らせるまちづくりのあり方について述べる。

 時代の転換期、これといった確かなことが言えない状況での論考としては、まだまだ不十分なところ、試論的な部分もあるが、研究グループとしての現時点での合意点として本書の内容を受け止めて頂きたいとともに、読者自らが考えていく問題提起として読んで頂ければと願っている。

執筆者を代表して
久 隆浩(近畿大学総合社会学部教授・新しい都市計画教程研究会委員長)