アグリ・コミュニティビジネス
農山村力×交流力でつむぐ幸せな社会

はじめに


 日本は資源の宝庫だと思う。国土の7割ほどを占める森林、その森林に育まれた豊かな水、空気、土。樹木はもちろん、多様なキノコや山菜、薬草がある。多くの生きもの、微生物がいて、それらに助けられ毎年野菜や米を育てることができる。耕されなくなったかつての農地は数年もたてば木が生え、いずれは林に戻ってしまうほどの復元力もある。
 中山間地域の棚田や、里地里山の景観は、私たちをいつも和ませてくれる。そして地域の食材を使った地域ならではの保存法、発酵食、料理の数々。祭りや年中行事など生活文化。こうした資源は日本各地にあり、しかもそれぞれがその地域にしかないオンリーワンだ。
 私は東京生まれの東京育ちで、社会人になって四半世紀は主に都市部でコンシューマービジネスに関わってきた。百貨店、シンクタンクや海外の自然派化粧品ブランド事業などを通じ、新しいライフスタイルや、より良い社会をつくる買い物行動を提案する仕事に就いてきた。
 また、2002年にロハス(LOHAS:Lifestyles of Health and Sustainability:健康と環境に配慮したライフスタイル)というアメリカのコロラド州ボールダーという町で生まれたコンセプトに出会い、日本に紹介した。日本ではロハスのイメージは、マスコミや専門家の間では必ずしも肯定的ではない。それは日本においては商業主義的な、エコセレブ的なイメージが意図的に作られたことに起因する。しかし、ロハスの本質を見抜き、ロハスとは名乗らずとも、ロハス的なライフスタイルを送っている生活者は少なくない。
 ロハスの本質は、有機農業をベースに、健康な人・地域・地球をつくり、持続可能な社会の実現を目指すものだ。LOHASのSであるサステナビリティという概念を私は“3つの思いやり”と解釈している。つまり、子供や孫など次の世代にこの地球環境を引き継いでいくこと、発展途上国や世界的に貧困状態にある人々を積極的に支援すること、そして動植物など生物多様性を保全していくこと。この3つの思いやりで、持続可能な社会は実現すると考えている。
 この思想に出会って以来、ロハスというライフスタイルを広めるとともに、そのライフスタイルをサポートするビジネス、例えば有機農産物やそれを原料とした食品、化粧品、綿製品、国産材を使った家や家具など衣食住分野を始め、漢方やアロマテラピーなど民間で伝承されてきた健康法、日本各地の農山村を訪問し、地域の人と交流するグリーン・ツーリズムなどに注目してきた。
 近著『ロハスビジネス』(2008年、朝日新書)では、このロハスというコンセプトが地域活性化に活用できると提案した。都市と地方の格差を解消する方法としてロハスビジネスがあると考え、これが「産業がない→雇用の場がない→若者が都会に出ていく→地域はさらに疲弊する→さらに産業が減る」という地方や農山村が抱える負の連鎖を断ち切り、さらに逆転させることすらも可能だと思ったからだ。なぜなら農山村にある資源の豊かさに、ロハス層やロハス層の周辺にいる人たちは改めて気付かされ、さらに憧れさえもち、農山村に関わることを強く望んでいる。
 出版後、私は各地の農山村を訪ね歩くようになった。それは、驚きと感動の連続だった。どこの農山村に行っても、都市にはない素晴らしい資源や魅力的な人々、地に足のついた仕事や暮らしがあった。取材を重ねるうちに、あるコンセプトを思いついた。それが、「アグリ・コミュニティビジネス」だ。
 「アグリ・コミュニティビジネス」とは、農林業とコミュニティビジネスを組み合わせたものだ。図を見ていただきたい。縦軸は農林業をベースにした農山村力の軸である。まず、1段階目は農産物やエネルギーの生産という自給的側面の獲得、2段階目が農商工連携や6次産業化による経済面への発展、そして3段階目は社会・環境面での豊かさの実現だ。
 農山村で暮らす個人に置き換えて考えるとわかりやすいと思う。最初に自給用の食を確保すべく野菜や米を作り、山菜や魚を取ることを身につける。エネルギーの自給も薪の利用などで、ある程度は可能だ。十分な量や質を確保できるようになると、農林産物を直売所やインターネットで販売するようになり、経済活動を始める。そして、近年注目されている農商工連携や6次産業化で加工やツーリズム、農村レストランなどを地域の仲間たちと取り組み、域内にお金が流入する仕組みをつくる。
 社会・環境面とは、農林業を通じた生物多様性の促進や、昔咲いていた花を蘇らせる、広葉樹を植えるなど、美しかった農山村の景観や暮らしを取り戻すステップである。薪やペレットストーブの普及などバイオマス利用も里山の再生・保全には有効だろう。昔の暮らしについては、資料や村のお年寄りから話を聞くといい。今の80代の方たちは、高度成長期以前の農山村の暮らしを自ら体験している世代だ。
 横軸は都市と農山村の交流軸である。高度成長期の数十年間に分断された都市と農山村も、近年は交流が盛んになり、これからは両者が協働して新しい社会を創るステージに入っていくのだと思う。
 あえてビジネスという言葉を加えたのは、ビジネス発想すなわち事業経営としての視点が必要だと考えたからだ。ただし単なる利潤追求のビジネスではない。コミュニティビジネスとは、地域資源、人材、ノウハウ、施設や資金を活かしながら地域課題の解決にビジネスの手法で取り組むものであり、地域に新たな産業や雇用の創出、働きがい、生きがいを生み出し、地域コミュニティの活性化に寄与するものである。
 つまり、そこにしかない地域資源である“農山村力”と、都市生活者と農山村生活者の“交流力”を組み合わせ、地域の課題解決にビジネス発想で取り組む“アグリ・コミュニティビジネス”は、新しい“業態”とも言えるだろう。そして、何より重要なのは地域に利益がもたらされるとともに、関わっている人が“幸せになる”という点である。地域を豊かにしていこうという目標を共有し、その一歩一歩の実現をともにかみしめ、喜びあう関係だ。
 最近は都市の企業が農業に新規参入し、農山村地域で事業を展開するアグリビジネスが増えている。それによって多少の雇用は創出されるかもしれないが、売り上げや利益が地域にもたらされることは少なく、従来の都市型ビジネスとあまり変わらない。そうしたアグリビジネスには、農山村の景観を再生しようとか、地域ならではの食文化を再現しようとか、地域の魅力を活かしたツーリズムで人を呼ぶことによって、地域に人や現金を流入させようという発想のものは少ないように思う。
 単なる農産物生産の拡大を目指すだけでなく、農山村の丸ごとの豊かさをそこに住む人々とその豊かさに気付いた都市の人々が一緒になって追求する「アグリ・コミュニティビジネス」が各地に広がっていけば、豊かで美しい農山村づくりに参加したいと、新規就農者や半農半Xを志向する人たちの農山村への流入が加速する。そして、日本の農山村の持続可能性が高くなるのではないだろうか。
 農山村の現状はもっと深刻だ、あまりに楽天的なシナリオだというご意見の方もいらっしゃるだろう。しかし、各地で実際に取り組まれている農山村の新しい魅力づくりの実例やネットワークの力、そして、それを支える若い世代の新しい価値観やライフスタイルに、そうした懸念を吹き飛ばすくらいの大きな可能性を私は見出して、これを多くのみなさんに伝えたくて仕方がないのである。
 すでに、地域づくりに取り組んでいる人をはじめ、田舎に帰って農業を始める人や、農林業を継ぎつつ地域に貢献したいと思っている人、自治体や地域のNPOの方々に、ぜひお読みいただきたい。