〈東大まちづくり大学院シリーズ〉

広域計画と地域の持続可能性


はじめに


 
 いうまでもなく計画は計画者の意思によって支えられる。多くの場合、計画者は政府であるから、その意思は、法や条例によって大なり小なり強制力を持ち、かつ税収を財源とした財政によって後押しされる。したがって、国民や市民の間で合意が形成されて政策方向が明確となり、法や条例あるいは財政を活用しやすい状況が存在する時代には、計画は強い指針性と実行性を合わせて発揮する。わが国でも、例えば、戦後復興期や高度成長期においては、国土計画や経済計画、あるいはその下で地方計画(広域計画)が、分野や地域において開発を重点化し、資源を集約的に投入する先導役を果たしてきた。

 しかし、経済が発展し、国際的に活動するような企業が多数出現して、市場を通じて自由に取引を行うようになったり、市民の間にも地域のあり方に関わる自律的な組織が形成されるようになると、開発行政における政府の役割は小さくなり、政府はむしろ安全保障やセーフティネット、あるいは市場が適切に機能するようなルール作り等に役割を移すようになる。つまり、開発をリードするような政府計画の必要性は低下していくのである。世界有数の経済大国に成長した日本においても、まさにこうした現象が起こり、政府計画への依存度は低下してきた。果たして、計画の役割はさらに低下傾向をたどり、やがて不要になるのであろうか? あるいはそうかもしれない。民間の経済活動が活発になるにつれ、特に、国や地方政府が先導する開発計画は、むしろ民間中心の市場経済にとって阻害要因となるのかもしれない。

 このように、長期的には計画を必要としない成熟社会が来る予感がしても、現在は未だそうではないようだ。成熟した経済も万能ではなく、最も危機的な現象としては極端な出生率の低下をもたらしたし、大都市、ことに東京と地方の経済格差は再び拡大しつつある。さらに深刻なのは、アジアの時代が訪れつつあるというのに、日本全体が、これまでのアジア唯一の先進国という存在を忘れ得ぬかのように、他のアジア諸国から遊離した存在になっていることである。多少時間がかかるかもしれないが、ここで大きな舵を切って地域の持続可能性を高める広域計画を定め、人口減少に歯止めをかけて、アジアの一員としてアジアの発展をともに喜びあうような協調関係を強固なものとして築き上げていくことが課題となっている。

 こうした問題意識にもとづいて本書は、地域主権の観点から、日本の進むべき方向を考察し、多様な活動を創り出していく広域計画の必要性を論じている。

 全体は大きく3編に分かれている。T編では、広域計画とは何かを4つの切り口で明らかにしようとした。1章はこれまでの日本の広域計画を振り返りつつ、なぜ今新たな広域計画が求められるのか、その理由と、広域計画が持続可能な社会形成という新たな目標の下に再構築されるべきことを述べている。2章は計画作成に不可欠な合意形成に焦点を当て、多元的な価値をもとにしたガバナンス論を展開し、合意形成を導く計画立案方法を論じている。3章は、地方都市を舞台に、地域活性化のための制度と成果をレビューし、地方分権化でのあり方について論じている。4章は、広域計画のいわばエンジン部に当たる産業振興を取り上げ、その沿革を述べつつアジア諸国の経済発展を迎えた今日における地域産業政策のあり方を取り上げている。特に地域産業のイノベーションを不断に促す地域産業政策の必要性を提起した。

 U編は、ケーススタディである。5章では国内の事例を取り上げ、首都圏・近畿圏・中部圏の大都市圏の計画、市町村をベースとした広域化の動向、浜松市・豊橋市・飯田市を中心とした三遠南信地域の県境を超えた連携、観光をテーマとした地域連携の動向を通じて、広域連携とその指針となる広域計画の新たな可能性を探った。6章では、英国、フランス、ドイツ、米国、カナダ、韓国・中国の広域計画制度と最新動向を紹介している。

 V編は、具体的な地域計画の立案過程を取り上げたユニークなパートである。7章では、特に土地利用と交通に関わる現状分析のためのデータの収集と分析、さらに将来予測、8章では、これらの分析や予測を計画に結びつけるための、地域の目標設定、シナリオ分析等の手法を取り上げた。

 このように、本書は、広域計画に関わるこれまでの内外の経験を体系的に整理したものであると同時に、具体的に持続可能な社会に至る広域計画の立案方法もカバーしている。 

 この1冊が、広域計画とは何かを理解する助けになれば幸いである。

2010年2月   大西 隆